2017年02月12日

『あざむかれる知性』村上宣寛 ちくま新書

複数の論文を統合するメタ分析の手法を用いた研究を紹介している。諸説が入り乱れる食事や健康の分野についても、結論が出ているものが多いようだ。

scienceの語源は、ラテン語のscientia(知識)、その起源はギリシャ語のskhizein(分割する)。現象を分割すると数量化が可能になり、伝達が可能になる。すなわち、科学の特徴は、検証可能性と言える。

アーチポルド・コクランは、1972年に根拠に基づく医療(EBM)を提案し、1993年には、ひとつのテーマに関する広範な文献を重みづけを用いた統計的手続き(メタ分析)で要約して全体的結論(システマティック・レビュー)を出すコクラン共同計画を開始した。

日本人の食事摂取基準のエネルギー比は、タンパク質が9〜20%、脂質が20〜25%、炭水化物が50〜70%で、スポーツ選手でも、国によっても大きく違わない。炭水化物制限ダイエットや高タンパク質ダイエットは、総摂取カロリーを統制した通常のバランスダイエットと効果に違いはない。炭水化物制限ダイエットの死亡率は1.3倍になっている(ただし、後ろ向き追跡の調査で、優位水準にも達していない)。食品別では、野菜や果実、乳製品で減量の効果が認められ、精製した小麦粉、砂糖、ジャガイモ、加工肉と赤身の肉で体重が増えている(ただし、総摂取カロリーは統制されていない)。

死亡率が最も低いBMIは、高年齢になるほど高くなる。アメリカ人では25〜26、日本人では23前後が最も低い。ランニング程度の運動を行うと、死亡率が3割ほど減少する。肉の摂取量については、4つの研究で摂取量が少ないほど寿命が長くなったが、2つの研究では差がなかった。コーヒーを飲む量が1日8杯までの人は死亡率が低い(ただし、因果関係は証明されていない)。アルコール量は、1日30g(ビール中ビン1本、酒やワインで1合)までは寿命延長効果がある。睡眠は7時間が死亡リスクが最も低い。性格では、良識性が高いと死亡率が低いが、他の性格では差がない。

幸福感は、健康状態、婚姻状態、就業状態との関係が大きいことを示す研究が多いようだ。自然との関わりも効果が大きい。

メタ分析は結果のみを統合するものであり、論文の取捨選択という恣意的な余地もあるが、個人の医師などが書いた本よりは信頼性は高いだろう。特に、健康に関する研究については、死亡率といった客観的な数字で分析できるので説得力はある。

あざむかれる知性: 本や論文はどこまで正しいかあざむかれる知性: 本や論文はどこまで正しいか
村上 宣寛 / 筑摩書房 (2015-12-07)
2017年02月11日

ブックガイドの積極的な利用のすすめ

自分の読書歴があまりにも貧しいことに気づいて愕然とし、奮起して読み始めたのは2010年。しかし、書店の膨大な数の本の中から読むべき本を自分で探すのは簡単なことではないし、効率的でない可能性が高い。ネットのレビューも積極的に利用したが、最も役に立ったのはブックガイドだった。紹介されている本の中から関心を持ったものを読むことができるだけでなく、不案内な分野のトピックを知ることもできるし、関心の幅を広げることができる。何を読んだらいいかわからない読書初心者はもちろん、効率的な読書をするためにも、視野を広げるためにも、ブックガイドを積極的に利用することをお勧めします。

私は、これまでに50冊以上のブックガイドや書評集に目を通したが、その中からおすすめのものをまとめておきます。なお、私は文芸系の本はほとんど読まないので、文芸系のブックガイドも登場しません。悪しからず。

【自己啓発】
『ビジネスに効く最強の「読書」 本当の教養が身につく108冊』出口治明
リーダーシップ、人間力、意思決定のほか、国家と政治、グローバリゼーションなど10ジャンルの本を紹介。

『自己啓発の名著30』三輪裕範(ちくま新書)
自伝、人間論、生き方、知的生活の4つのジャンルに分けて紹介。古典が中心。

『成功本50冊「勝ち抜け」案内』水野俊哉
成功本50冊の紹介のほか、Part3には「成功法則ベスト10」がまとめられている。

【新書】
『新書がベスト』小飼弾(ベスト新書)
新書に絞った読書論を展開。Part3ではレーベル別に紹介しており、相当に読み込んでいることをうかがわせる。

『新書365冊』宮崎 哲弥(朝日新書)
発売された新書をすべて読破するコンセプトで、月刊誌『諸君!』に2002年1月から2006年3月まで連載された書評をまとめたもの。

【知識・教養】
『ぼくらの頭脳の鍛え方』立花隆・佐藤優(文春新書)
2人が自分の書棚から100冊ずつ、本屋の文庫・新書から100冊ずつ紹介。政治や国際関係、官僚の裏話なども語られている。

『面白い本』成毛眞(岩波新書)
読書の楽しみ方を教えてもらえる。『もっと面白い本』も。

『読書脳 ぼくの深読み300冊の記録』立花隆
立花隆の4冊目の書評集。読みどころがコンパクトに紹介されているので、書評を読んでいるだけでもワクワクする。『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』も。

『野蛮人の図書室』佐藤優
人生、日本、世界情勢の3ジャンルの本を紹介。

『世界と闘う「読書術」 思想を鍛える一〇〇〇冊』佐高信, 佐藤優(集英社新書)
宗教・民族と国家、戦争・組織、日本とアメリカなど9ジャンルの本を紹介。

『ノンフィクションはこれを読め! - HONZが選んだ150冊』成毛眞
ノンフィクション書評サイト〈HONZ〉の年間ベストを集大成。レビューを読んでいるだけでもおもしろい。2013年版2014年版も。

『読書は格闘技』瀧本哲史
心をつかむ、組織論、グローバリゼーションなど12ジャンルの本を紹介。

『ニッポン沈没』斎藤美奈子
「ちくま」誌に連載された「世の中ラボ」をまとめたもの。当時旬の社会問題について、斎藤が選んだ3冊程度の本をベースに論じている。

『1冊で1000冊読めるスーパー・ブックガイド』宮崎哲弥
週刊文春の2001年1月〜2006年8月の連載をまとめたもの。日々の事件や事故、社会問題からテーマを決めて、それぞれ数冊ずつ論評している。

『大学新入生に薦める101冊の本』広島大学総合科学部101冊の本プロジェクト
101冊のほかに関連本も紹介も掲載されている。第5章の「本の買い方選び方」も充実している。

『「読まなくてもいい本」の読書案内:知の最前線を5日間で探検する』橘玲
著者が「知のパラダイム転換が起きた」とする4分野(複雑系・進化論・ゲーム理論・脳科学)と功利主義に絞って読書案内をする。各分野についての解説も、その歴史を追う形で読みやすくまとめられている。

【分野別】
『科学の栞 世界とつながる本棚』瀬名秀明(朝日新書)
脳科学・心理学・生命倫理など、科学7ジャンルの本を紹介。

『福岡ハカセの本棚』福岡伸一(メディアファクトリー新書)
生物学や科学が中心と思いきや、フェルメールや建築、小説なども紹介されている。

『サイエンス・ブック・トラベル: 世界を見晴らす100冊』
科学者、ライターなど30名が3冊ずつ紹介する。

『世界を知る101冊――科学から何が見えるか』海部宣男
毎日新聞の「今週の本棚」で紹介してきた101冊を掲載。科学全般、人間、生物、科学者、科学論のほか、文系の世界や歴史と文化、未来の分野の本も取り上げている。

『文系のための理系読書術』齋藤孝
文系の人たちに生物学、数学、医学などのおすすめ本を紹介する。

『使える経済書100冊 (『資本論』から『ブラック・スワン』まで)』池田信夫(生活人新書)
本の紹介を通して経済に関するホットなトピックも見えてくる。評者のスタンスが明快に述べられているのも、論点を理解しやすい。特に「日本型資本主義の限界」の章が興味深かった。

『世界史読書案内』津野田興一(岩波ジュニア新書)
高校教師が授業で生徒に薦めていた本をまとめたもの。

『新・現代歴史学の名著―普遍から多様へ』樺山紘一(中公新書)
歴史学の代表的著作18冊を紹介。
2017年01月11日

『親切な進化生物学者』オレン・ハーマン

奇数章は利他行動や群淘汰を、偶数章はジョージ・プライスの人生を追う。

ダーウィンは、アリの社会性の謎に対して「誰が利益を得るのか」という視点から、その答えを共同体だと考え、人間の社会的本能は共同体の幸福のために獲得されたものであると書いた(人間の由来)。ピョートル・クロポトキン(1842〜1921)は、ポーランドで起こった反乱が反動を受けて改革とその精神が忘れられたことに幻滅すると、満州の地理学的調査に向かい、様々な動物の相互扶助と協力を見出して、「自然淘汰はたえず競合を避けるのにぴったり適した方法を探し出す」と説いた(相互扶助論)。

ダーウィンの第3子レナードが指導教官になったロナルド・エイルマー・フィッシャー(1890〜1962)は、一つの突然変異遺伝子が生き残る正確な確立を示し、淘汰に対する優位さがごくわずかな突然変異も集団に広がることを明らかにした(自然淘汰の遺伝学的理論)。シューアル・ライト(1889〜1988)は、利他主義は集団の一部が隔離された状態で進化し得るとする群淘汰を考えた。

等脚類の生態を研究したウォーダー・クライド・アリー(1885〜1955)は、環境に反応して個体同士が寛容になることを学習し、誘因力を獲得し、同調して行動するようになり、最終的に協力し合うようになるといった移行が生物に普遍的に見られることを発見した。協力し合う力は生物学的により重要であると結論づけ、順位制と優劣関係は社会性脊椎動物だけにみられる生命の樹のちっぽけな枝にすぎないと考えた。アルフレッド・エマーソン(1896〜1976)は、自然淘汰が個体だけでなく集団にも働くことを学び、個体にとっては不利だが集団にとって有利な進化が起こると考えた。

ウィン=エドワーズ(1906〜1997)は、フルマカモメが3〜4割しか繁殖行動をしないことを観察して、群れの大きさを測り、資源の枯渇を防ぐために数を調節していると考えた(群選択)。ウィリアム・ドナルド・ハミルトン(1936〜2000)は、血縁度(r)に応じた利益(B)が費用(C)よりも大きければ(rB>C)、利他的行動の原因となる遺伝子は進化できることを示した(包括適応度)。ジョン・メイナード=スミス(1920〜2004)は、ハミルトンの論文を査読して自ら論文を発表し、血縁淘汰は可能で、群淘汰は不可能であると論じた。ジョージ・クリストファー・ウィリアムズ(1926〜2010)は、文献を徹底的に調査して、性比が環境の変動によらず一定であることを根拠にして、群淘汰を否定した。

ジョージ・プライス(1922〜1975)は、血縁淘汰で自然界のすべての事例を説明できるとは思わず、協力的な関係が重要な種では、非協力な行動が報復を受けることが鍵となるゲームの論理だけで、協力を確保するに十分であると考えた。形質の異なるグループから、そのコピーを異なる比率で取り出すことによって第2のグループをつくると、その平均は形質とコピーの数を平均のコピー数で割った共分散で求められる。これは、社会の環境によって集合的な利他行動が進化できることを示す。淘汰がグループ内よりもグループ間でより強く働いている場合は、利他行動が進化し得る。共分散に、形質が忠実に伝えられる度合いとしての伝達バイアスを加えることによって、淘汰が個体と生殖細胞あるいは個体と群という2つのレベルで同時に作用することを示した。ハミルトンは、フィッシャーの1対1の性比から逸脱する群淘汰の完璧な一例を示した。社会的順位制をもつチンパンジーとゴリラは、交尾をめぐるオスどうしの競争が見られない。

メイナード=スミスは、ジョージの論文に基づいて、ゲーム理論と進化生物学から進化的に安定な戦略(ESS)の概念を生み、その論文はジョージとの共著として発表された。2人は、前の相手の行動に対して自らが行動する確率を変える5つの戦略を対戦させるコンピューターシミュレーションを行い、報復派だけがESSで、探り=報復派が僅差の次点という結果を得た。ただし、重傷を負う確率を大幅に変更すると、タカ派が優位になる。ロバート・トリヴァース(1943〜)は、群淘汰と個体淘汰について思案をめぐらし、自己犠牲は善行がいつの日かお返しがもらえる確率がそこそこ高ければ、自己の利益に役立つことを理解し、利他行動が非血縁者間でも進化すると考え、互恵的利他行動の理論と呼んだ。

ジョージとメイナード=スミスの論文について、J.S.ゲイルとL.J.エヴァンスは、ハト派が報復派の中で残り続けるため、タカ派といじめ屋の混合がESSとなることを示した。リチャード・アクセルロッドとハミルトンは、絶えず裏切る戦略とともに、やられたらやり返す戦略がナッシュ均衡であることを数学的に証明し、協力が不釣り合いなほどの利益を得られると書いた。リチャード・ドーキンスが1976年に発表した「利己的な遺伝子」によって、遺伝子以外の進化は否定されつつあったが、1980年代になるとデイヴィッド・スローン・ウィルソンなどの理論家は、適応度の違いが存在するレベルに淘汰が作用すると考えはじめた。1981年には、ハミルトンが雌に偏った性比に関する論文について、R.K.コーウェルは群淘汰が働いていることを示した。自然界では、非血縁者間の純粋な互恵的利他行動はまれであることが立証されている。誰もが人類は特別だと考えるが、ハミルトンは、それは群淘汰が人類において中心的な役割を果たしているためであると考える。プライスの方程式は、利他行動だけでなく、生物学の多岐にわたる分野で有用であることが立証されている。

500ページもあるから貸出期間が1週間長い年末年始に借りたが、内容も濃く、難儀した。これまでに読んだ本の中で、これほど難儀した本を思い出せない。1,3,5,7,9,11,13章を再読して、やっと概ね理解できたと思える程度だが、注釈を含めれば、このテーマに関する歴史的経緯の情報量はかなり多い。

親切な進化生物学者―― ジョージ・プライスと利他行動の対価親切な進化生物学者―― ジョージ・プライスと利他行動の対価
オレン・ハーマン / みすず書房 (2011-12-21)
タグ:生物学 人物