2017年03月02日

『人類進化の謎を解き明かす』ロビン・ダンバー

摂食と移動、社交、休息に必要な時間収支モデルを使って、人類の進化を考察する。霊長類では、社交時間と集団規模は正比例する。生息地の豊かさ(降雨量に依存する)と集団の規模によって移動時間が決まり、それが大型霊長類の生物地理学的分布の制限要因となる。

人差し指の長さの薬指に対する比率(2D:4D)は、胎児が子宮内でさらされたテストステロン濃度の影響を受ける。オスどうしがメスを争う多婚種では2D:4D比が小さく、単婚種では1に近い。体の大きさの性差ともあわせて、現生人類につながる種はどれも多婚だったと思われる。

アウストラロピテクスが生息した土地での予測時間収支を合計すると、7%超過する。これを、食性を変えること(肉、骨髄、シロアリ、根や根茎)、水辺や洞窟で暮らすことによって解決していた可能性がある。また、チンパンジーよりも、ヒヒに近い食べ物探しをしていたと推測される。

初期ホモ属(原人)は身体と脳が大きくなり、大きくなった脳は共同体が大きくなったことを意味するので、時間収支はエルガステルで30%、エレクトスで34%超過する。エルガステルが出現した180万年前に、熱帯アフリカの気温が2℃下がり、休息時間を減らすことができた。歩幅が大きくなったことにより、移動時間を短くできた。火を使った証拠が豊富に見つかるようになるのは50〜40万年前からで、これ以前は料理が習慣にはなっていなかったと思われる。笑いはエンドルフィンの分泌を促し、3人まで影響を与えるので、社交時間を減らした可能性がある。

ハイデルベルク人の脳容量は、30万年前に飛躍的に増えた。火を使いこなす時期の後なので、肉を料理したことが要因と思われる。ネアンデルタール人は、網膜から入ってくる情報を処理する後頭部が発達しており、眼窩が現生人類より20%大きいのは、高緯度地帯の弱い日射しに適応したためかもしれない。共同体の規模は、ハイデルベルク人と同じ約110人で、前頭葉は大きくなかった。多くの人を巻き込み、タイミングを合わせるリズムによって共時性が得られる音楽によって、社交時間を減らした可能性がある。

火を灯として使うことで、活動時間を伸ばすことができた。解剖学的証拠からは、発話能力は50万年前に旧人とともに進化したようだ。言語に不可欠なメンタライジング能力は、眼窩前頭皮質の容量と相関があり、アウストラロピテクスは2次、初期ホモ属は3次、旧人は4次、現生人類は5次の思考意識水準にあったと推測できる。遺跡で見つかった道具から原材料の移動距離は、ネアンデルタール人では70%が25km未満だが、現生人類では60%が25km以上で、より大規模な社会ネットワークがあった。衣服に付くヒトジラミは、頭髪に付くアタマジラミから進化し、DNAの変異によると、10万年前から衣服を身に着けるようになったことがわかる。

方言は、出身地が同じであり、互いに血縁のある人々の共同体を特定することに役立つ。病気の温床である熱帯では小さく結束の強い共同体を形成するが、植物の生育期が短く、盛んな交易関係が必要な高緯度地域では、集団の規模や同じ言語が話される地域が大きい。

新石器時代の定住地の人々は、同時代の狩猟採集者より小柄で、農業による栄養の推定回収率は食べ物探しよりかなり低いことから、定住に転換した背景には、きわめて深刻な理由があった。共同体の存続期間は、構成員に要求する犠牲の大きさに比例する。酒は大量のエンドルフィンの分泌を促す。オオムギとヒトツブコムギは、パンではなくビールをつくるために栽培されたらしい。神を熱心に信じる人は、他人に対して親切に振る舞い、集団の規則を守る傾向が強い。

これまでの人類進化の議論は、主に脳の拡大がいかにして実現されたかといった点に注目されてきたが、本書は、脳の大きさと集団規模、活動時間を包括的に考察している点が画期的だ。特に、集団の規模が大きくなることによって必要になる社交の増大を、笑い、音楽、言葉、酒によって解決してきたとする考察は、それぞれの発生時期の議論は残るものの、これらが現代社会でも大きな役割を果たしているという意味で興味深い。

人類進化の謎を解き明かす人類進化の謎を解き明かす
ロビン・ダンバー / インターシフト (2016-06-20)
タグ:人類学
2017年03月01日

講演会「人工知能が大学入試を突破する時代、人は何をすべきか?」

地元で講演会「人工知能が大学入試を突破する時代、人は何をすべきか?」があったので聞きに行きました。今回は、その報告です。

人工知能が大学入試を突破する時代、人は何をすべきか?


講演者は、人工知能(AI)が東大合格を目指す「東ロボプロジェクト」を率いてきた新井紀子さん。2010年の段階で、様々なAIの研究プロジェクトの審査をした経験から、2025〜30年にはホワイトカラーの半分が機械に取って代わると予測したという。それを本「コンピュータが仕事を奪う」に書いて出したら、本屋ではSFの書棚に置かれていたことに危機感を抱き、翌年、これを社会に認知させることを目的にして東ロボプロジェクトを始めた。

アメリカでは、2011年にIBMのワトソンが2人のクイズ王に勝ったことが話題になったが、クイズは「モーツアルトの最後の交響曲についている惑星」のような固有名詞の穴埋めであり、AIの処理は比較的やさしい。それでも正答率は70%だが、クイズの場合は正答する確率が低いと判断した時はボタンを押さなければいい。90%以上の正答率が求められる東大合格は、クイズよりはるかに難しい。

AIは、過去の問題、教科書、Wikipedia、百科事典などの情報をすべて保存できるが、問題の文章を理解することはできない。実際にやっていることは、問題文に含まれるキーワードを検索して、統計的に妥当そうな答えを探すだけ。アップルのSiriでも、「近くのおいしいイタリアンレストラン」と「近くのまずいイタリアンレストラン」、「近くのイタリアン以外のレストラン」は、どれも全く同じ結果が返ってくる。東ロボくんも国語の問題は解けないし、英語もうまくいかなかったが、世界史は好成績をあげた。

昨年、センター試験の偏差値は57.1に達し、全大学の8割、MARCHを含む私立大学の88%に合格した。しかし、現状の技術ではAIが東大に合格する日は永遠に来ないと判断して、挑戦は終えた。
「東ロボくん」、東大合格を断念 (朝日新聞 2016年11月14日)

それでも偏差値は50を越え、学生の半数以上を上回ったことは、問題の文章を理解することができない学生が少なくないからだという。実際、文章に答えが書いてある問題の例をあげて、正解できなかった中高生が少なからずいることが紹介された(具体的な問題は、「AI研究者が問う ロボットは文章を読めない では子どもたちは「読めて」いるのか?」に紹介されている)。これでは教科書を読むことはできないし、1人で勉強することもできない。社会人になっても、マニュアルを読むこともできない。AIに取って代わられないようにするためには、教科書を読むことができるようにすることが必要であり、新井さんは今後その取り組みを進めるという。元々、東ロボプロジェクトを始めたのは、人間がAIに負けないようにすることが目的だった。

AIに取って代わられるのは、時給の低い職などではない。介護も草むしりも難しい。確率論で対応できる銀行の融資や保険の審査業務、膨大な過去の判例を読み込むパラリーガル、画像診断を行う放射線診断医といった職が真っ先に対象になる。

最後に、参加者からの質問に答えて、シンギュラリティは来ないと言い切った。すべての人間の能力を上回ってしまえば、ベーシックインカムといった議論にもなり得るが、人間の半数を上回るということは、今後、職に就ける人と就けない人が出てくることになる。

私は、AIが東大に合格したら、次は公務員試験に挑戦するだろうから、その先、人間はAIに服従することになるのではないかと恐れていた。正直に言って、東大合格を断念という記事を読んだときには安心したのだが、新井さんの目的はそんなところにあるわけではなかった。いち早く社会への影響を理解し、それを明らかにするための研究プロジェクトを行い、さらにはその対策を進めようとまでする姿勢には、目頭が熱くなった。

単純な情報の処理力では人間より圧倒的に強いAIの時代を迎えることを考えれば、教育のあり方を考え直すことも必要なのではないだろうか。世界史がAIでも高得点をあげてしまうという事実は、この教科の教育が知識偏重になっていることを示しているように思えてならない。

AIはこれから着実に社会に進出していくのは間違いない。AIが社会に与える影響については、恐れることも、軽んじることもなく、よく知っておく必要があると改めて思った。

コンピュータが仕事を奪う
コンピュータが仕事を奪う

ロボットは東大に入れるか (よりみちパン! セ)
ロボットは東大に入れるか (よりみちパン! セ)
2017年02月21日

『政府はもう嘘をつけない』堤未果 角川新書

1%の超富裕層と利益をむさぼる企業が政治を牛耳り、結果として国民から主権を奪っているディストピア世界のような現状が描かれている。特に、ISDS裁判やTPPなどの国際協定を説明する第3章、IMFの緊縮財政案を拒否して経済を回復させたアイスランドの事例を紹介した第4章は読みごたえがあった。

クリントン政権が締結したNAFTAは、アメリカで年間20万人の雇用を生み出すと宣伝されたが、実際には100万件の雇用を失った。メキシコではアメリカのアグリビジネスによる安いトウモロコシによって価格が低下したため、300万人の中小農家が破産し、彼らがアメリカに入国して雇用を奪う悪循環が起きた。アメリカの労働者の実質賃金は、最大17%も減少した。オバマ政権が締結した米韓FTAでは、7万人の雇用を生むと言われたが、実際は締結後数年間で7万人の雇用が失われた。

アメリカの全国民に民間医療保険加入を義務付けたオバマケアは、巨大医療保険会社の幹部が法案の骨子を書いた。少数の巨大医療保険企業と製薬業界が大いに儲け、納税者の税金が医産複合体に流れる仕組みになっている。法案成立前には、広告費やコンサルタント料をもらった御用学者やマスコミが、この法律のメリットを大々的に宣伝していた。

2014年に日本で改正された公務員法によって、約600人の省庁幹部人事を一元管理する内閣人事局が発足し、官僚幹部の人事は首相官邸の意向が反映される仕組みになった。これによって、官僚たちは官邸の方針に従うようになった。

日本の国会議員は一人あたり3人の秘書しか持たないが、アメリカの下院では平均22人、上院では44人の秘書を持つ。さらに、党が公認権を持つ小選挙区制度によって、国会議員は所属政党との間の歪んだ力関係に縛られている。

ノーム・チョムスキーは、労働者が権利を獲得し、政府が民衆を制御できなくなった時に広告業界が誕生したという。その役割はプロパガンダと呼ばれたが、今はマーケティングと名前を変えた。小泉政権が成功させた郵政民営化選挙は、アメリカの広告代理店がPRを請け負った。

投資先の国内ルールによって損害を受けた場合に国家を訴えるISDS裁判は、国際弁護士団が営業をかけるという。福島第一原発事故後に脱原発に転向したドイツは、スウェーデンの原発メーカーであるバッテンフォール社から賠償を求めるISDS裁判を起こされており、負ける可能性が濃厚な状態にある。日本も脱原発政策に転向すれば、アメリカの原発メーカーから訴えられる可能性がある。ISDS裁判は、訴えた投資家側の1人、訴えられた国の政府から1人と、世銀総裁(アメリカ人)が任命する1人の合計3人によって判決が下されるため、アメリカ政府は1度も負けたことがない。

TPPはウォール街の投資家が「1%の夢」と表現するもののひとつで、アメリカ・EU間のTTIP、公共サービスを民営化するTISAの3つでセットになっている。TPPとTTIPが発効すれば、ワシントンは世界貿易の7割以上をコントロールすることができるようになる。TISAによって作られる超国家組織は、医療や教育、公共事業、金融・保険分野のルールを決め、政府は企業の責任を追及したり、法律で規制する権利を持つことができなくなる。2014年にウィキリークスが暴露した時には、日本を含む50か国が交渉に参加していた。

90年代からさまざまな分野を民営化し、金融の自由化を進めて、不動産バブルの崩壊によって国家が破たんしたアイスランドでは、国民の運動によって政府を動かし、IMFの緊縮財政案を拒否させた。IMFの要求に従ったギリシャが借金地獄と国民生活の崩壊に苦しんだ一方で、国内産業や医療・教育などの社会的共通資本に予算を投じたアイスランドは、順調に経済を回復させ、借金も返済した。しかし、この事実は欧米メディアでも徹底的に無視されたという。

堤未果の本を読んだのは3冊目だが、驚くような内容がいくつも書かれていた。投資はリスクを負うものと思うが、主権を持つ国家を訴える道が開かていることには強い疑問を持つ。マスコミはTPPでは関税のことばかりを伝えていたし、いかに本当の事実を伝えていないかがわかる。この本でもマスコミが特権を与えられ、利益を得るための組織であることを指摘している。著者は、知る権利を守るためにできることとして、テレビや新聞、ネットニュースを絶ち、本を読んだり、生身の人間と話したり、自ら深く考えてみることを提案している。堤未果が日本にいて本当によかったと毎回思う。

政府はもう嘘をつけない政府はもう嘘をつけない
堤 未果 / KADOKAWA/角川書店 (2016-07-10)
タグ:世界情勢