2017年03月01日

講演会「人工知能が大学入試を突破する時代、人は何をすべきか?」

地元で講演会「人工知能が大学入試を突破する時代、人は何をすべきか?」があったので聞きに行きました。今回は、その報告です。

人工知能が大学入試を突破する時代、人は何をすべきか?


講演者は、人工知能(AI)が東大合格を目指す「東ロボプロジェクト」を率いてきた新井紀子さん。2010年の段階で、様々なAIの研究プロジェクトの審査をした経験から、2025〜30年にはホワイトカラーの半分が機械に取って代わると予測したという。それを本「コンピュータが仕事を奪う」に書いて出したら、本屋ではSFの書棚に置かれていたことに危機感を抱き、翌年、これを社会に認知させることを目的にして東ロボプロジェクトを始めた。

アメリカでは、2011年にIBMのワトソンが2人のクイズ王に勝ったことが話題になったが、クイズは「モーツアルトの最後の交響曲についている惑星」のような固有名詞の穴埋めであり、AIの処理は比較的やさしい。それでも正答率は70%だが、クイズの場合は正答する確率が低いと判断した時はボタンを押さなければいい。90%以上の正答率が求められる東大合格は、クイズよりはるかに難しい。

AIは、過去の問題、教科書、Wikipedia、百科事典などの情報をすべて保存できるが、問題の文章を理解することはできない。実際にやっていることは、問題文に含まれるキーワードを検索して、統計的に妥当そうな答えを探すだけ。アップルのSiriでも、「近くのおいしいイタリアンレストラン」と「近くのまずいイタリアンレストラン」、「近くのイタリアン以外のレストラン」は、どれも全く同じ結果が返ってくる。東ロボくんも国語の問題は解けないし、英語もうまくいかなかったが、世界史は好成績をあげた。

昨年、センター試験の偏差値は57.1に達し、全大学の8割、MARCHを含む私立大学の88%に合格した。しかし、現状の技術ではAIが東大に合格する日は永遠に来ないと判断して、挑戦は終えた。
「東ロボくん」、東大合格を断念 (朝日新聞 2016年11月14日)

それでも偏差値は50を越え、学生の半数以上を上回ったことは、問題の文章を理解することができない学生が少なくないからだという。実際、文章に答えが書いてある問題の例をあげて、正解できなかった中高生が少なからずいることが紹介された(具体的な問題は、「AI研究者が問う ロボットは文章を読めない では子どもたちは「読めて」いるのか?」に紹介されている)。これでは教科書を読むことはできないし、1人で勉強することもできない。社会人になっても、マニュアルを読むこともできない。AIに取って代わられないようにするためには、教科書を読むことができるようにすることが必要であり、新井さんは今後その取り組みを進めるという。元々、東ロボプロジェクトを始めたのは、人間がAIに負けないようにすることが目的だった。

AIに取って代わられるのは、時給の低い職などではない。介護も草むしりも難しい。確率論で対応できる銀行の融資や保険の審査業務、膨大な過去の判例を読み込むパラリーガル、画像診断を行う放射線診断医といった職が真っ先に対象になる。

最後に、参加者からの質問に答えて、シンギュラリティは来ないと言い切った。すべての人間の能力を上回ってしまえば、ベーシックインカムといった議論にもなり得るが、人間の半数を上回るということは、今後、職に就ける人と就けない人が出てくることになる。

私は、AIが東大に合格したら、次は公務員試験に挑戦するだろうから、その先、人間はAIに服従することになるのではないかと恐れていた。正直に言って、東大合格を断念という記事を読んだときには安心したのだが、新井さんの目的はそんなところにあるわけではなかった。いち早く社会への影響を理解し、それを明らかにするための研究プロジェクトを行い、さらにはその対策を進めようとまでする姿勢には、目頭が熱くなった。

単純な情報の処理力では人間より圧倒的に強いAIの時代を迎えることを考えれば、教育のあり方を考え直すことも必要なのではないだろうか。世界史がAIでも高得点をあげてしまうという事実は、この教科の教育が知識偏重になっていることを示しているように思えてならない。

AIはこれから着実に社会に進出していくのは間違いない。AIが社会に与える影響については、恐れることも、軽んじることもなく、よく知っておく必要があると改めて思った。

コンピュータが仕事を奪う
コンピュータが仕事を奪う

ロボットは東大に入れるか (よりみちパン! セ)
ロボットは東大に入れるか (よりみちパン! セ)
2017年02月21日

『政府はもう嘘をつけない』堤未果 角川新書

1%の超富裕層と利益をむさぼる企業が政治を牛耳り、結果として国民から主権を奪っているディストピア世界のような現状が描かれている。特に、ISDS裁判やTPPなどの国際協定を説明する第3章、IMFの緊縮財政案を拒否して経済を回復させたアイスランドの事例を紹介した第4章は読みごたえがあった。

クリントン政権が締結したNAFTAは、アメリカで年間20万人の雇用を生み出すと宣伝されたが、実際には100万件の雇用を失った。メキシコではアメリカのアグリビジネスによる安いトウモロコシによって価格が低下したため、300万人の中小農家が破産し、彼らがアメリカに入国して雇用を奪う悪循環が起きた。アメリカの労働者の実質賃金は、最大17%も減少した。オバマ政権が締結した米韓FTAでは、7万人の雇用を生むと言われたが、実際は締結後数年間で7万人の雇用が失われた。

アメリカの全国民に民間医療保険加入を義務付けたオバマケアは、巨大医療保険会社の幹部が法案の骨子を書いた。少数の巨大医療保険企業と製薬業界が大いに儲け、納税者の税金が医産複合体に流れる仕組みになっている。法案成立前には、広告費やコンサルタント料をもらった御用学者やマスコミが、この法律のメリットを大々的に宣伝していた。

2014年に日本で改正された公務員法によって、約600人の省庁幹部人事を一元管理する内閣人事局が発足し、官僚幹部の人事は首相官邸の意向が反映される仕組みになった。これによって、官僚たちは官邸の方針に従うようになった。

日本の国会議員は一人あたり3人の秘書しか持たないが、アメリカの下院では平均22人、上院では44人の秘書を持つ。さらに、党が公認権を持つ小選挙区制度によって、国会議員は所属政党との間の歪んだ力関係に縛られている。

ノーム・チョムスキーは、労働者が権利を獲得し、政府が民衆を制御できなくなった時に広告業界が誕生したという。その役割はプロパガンダと呼ばれたが、今はマーケティングと名前を変えた。小泉政権が成功させた郵政民営化選挙は、アメリカの広告代理店がPRを請け負った。

投資先の国内ルールによって損害を受けた場合に国家を訴えるISDS裁判は、国際弁護士団が営業をかけるという。福島第一原発事故後に脱原発に転向したドイツは、スウェーデンの原発メーカーであるバッテンフォール社から賠償を求めるISDS裁判を起こされており、負ける可能性が濃厚な状態にある。日本も脱原発政策に転向すれば、アメリカの原発メーカーから訴えられる可能性がある。ISDS裁判は、訴えた投資家側の1人、訴えられた国の政府から1人と、世銀総裁(アメリカ人)が任命する1人の合計3人によって判決が下されるため、アメリカ政府は1度も負けたことがない。

TPPはウォール街の投資家が「1%の夢」と表現するもののひとつで、アメリカ・EU間のTTIP、公共サービスを民営化するTISAの3つでセットになっている。TPPとTTIPが発効すれば、ワシントンは世界貿易の7割以上をコントロールすることができるようになる。TISAによって作られる超国家組織は、医療や教育、公共事業、金融・保険分野のルールを決め、政府は企業の責任を追及したり、法律で規制する権利を持つことができなくなる。2014年にウィキリークスが暴露した時には、日本を含む50か国が交渉に参加していた。

90年代からさまざまな分野を民営化し、金融の自由化を進めて、不動産バブルの崩壊によって国家が破たんしたアイスランドでは、国民の運動によって政府を動かし、IMFの緊縮財政案を拒否させた。IMFの要求に従ったギリシャが借金地獄と国民生活の崩壊に苦しんだ一方で、国内産業や医療・教育などの社会的共通資本に予算を投じたアイスランドは、順調に経済を回復させ、借金も返済した。しかし、この事実は欧米メディアでも徹底的に無視されたという。

堤未果の本を読んだのは3冊目だが、驚くような内容がいくつも書かれていた。投資はリスクを負うものと思うが、主権を持つ国家を訴える道が開かていることには強い疑問を持つ。マスコミはTPPでは関税のことばかりを伝えていたし、いかに本当の事実を伝えていないかがわかる。この本でもマスコミが特権を与えられ、利益を得るための組織であることを指摘している。著者は、知る権利を守るためにできることとして、テレビや新聞、ネットニュースを絶ち、本を読んだり、生身の人間と話したり、自ら深く考えてみることを提案している。堤未果が日本にいて本当によかったと毎回思う。

政府はもう嘘をつけない政府はもう嘘をつけない
堤 未果 / KADOKAWA/角川書店 (2016-07-10)
タグ:世界情勢
2017年02月12日

『あざむかれる知性』村上宣寛 ちくま新書

複数の論文を統合するメタ分析の手法を用いた研究を紹介している。諸説が入り乱れる食事や健康の分野についても、結論が出ているものが多いようだ。

scienceの語源は、ラテン語のscientia(知識)、その起源はギリシャ語のskhizein(分割する)。現象を分割すると数量化が可能になり、伝達が可能になる。すなわち、科学の特徴は、検証可能性と言える。

アーチポルド・コクランは、1972年に根拠に基づく医療(EBM)を提案し、1993年には、ひとつのテーマに関する広範な文献を重みづけを用いた統計的手続き(メタ分析)で要約して全体的結論(システマティック・レビュー)を出すコクラン共同計画を開始した。

日本人の食事摂取基準のエネルギー比は、タンパク質が9〜20%、脂質が20〜25%、炭水化物が50〜70%で、スポーツ選手でも、国によっても大きく違わない。炭水化物制限ダイエットや高タンパク質ダイエットは、総摂取カロリーを統制した通常のバランスダイエットと効果に違いはない。炭水化物制限ダイエットの死亡率は1.3倍になっている(ただし、後ろ向き追跡の調査で、優位水準にも達していない)。食品別では、野菜や果実、乳製品で減量の効果が認められ、精製した小麦粉、砂糖、ジャガイモ、加工肉と赤身の肉で体重が増えている(ただし、総摂取カロリーは統制されていない)。

死亡率が最も低いBMIは、高年齢になるほど高くなる。アメリカ人では25〜26、日本人では23前後が最も低い。ランニング程度の運動を行うと、死亡率が3割ほど減少する。肉の摂取量については、4つの研究で摂取量が少ないほど寿命が長くなったが、2つの研究では差がなかった。コーヒーを飲む量が1日8杯までの人は死亡率が低い(ただし、因果関係は証明されていない)。アルコール量は、1日30g(ビール中ビン1本、酒やワインで1合)までは寿命延長効果がある。睡眠は7時間が死亡リスクが最も低い。性格では、良識性が高いと死亡率が低いが、他の性格では差がない。

幸福感は、健康状態、婚姻状態、就業状態との関係が大きいことを示す研究が多いようだ。自然との関わりも効果が大きい。

メタ分析は結果のみを統合するものであり、論文の取捨選択という恣意的な余地もあるが、個人の医師などが書いた本よりは信頼性は高いだろう。特に、健康に関する研究については、死亡率といった客観的な数字で分析できるので説得力はある。

あざむかれる知性: 本や論文はどこまで正しいかあざむかれる知性: 本や論文はどこまで正しいか
村上 宣寛 / 筑摩書房 (2015-12-07)