2017年07月03日

『世界像革命』エマニュエル・トッド

社会ごとの家族構造と政治制度の関連を分析したトッドの講演、討論会、対談を集めたもの。2001年発行なのでやや古いが、石崎氏の解説が要領よくまとめられていて、トッドの学説を手軽に学ぶにはいい。

伝統的な農民社会が近代化する際に関わるモデルを提供するもの。
システム間の統計的な関係を示唆するもので、個人レベルでの拘束力を意味しない。
近代化による工業社会への移行に伴って、長子相続を維持する必然性が薄れるなど、家族制度も変わっていく。

・直系家族
子どものうちの跡取りが親の家に残り、すべての遺産を相続する。
親子関係は権威主義的で、兄弟関係は不平等。
他の子供は成人すると家を出て、僧侶、兵士、商人などの生活の場を見つける。世界的に傭兵を産出する傾向がある。
家の継続性を重視し、子どもたちを親の監視・保護下におくため、子どもの教育に熱心。
プロテスタンティズムは、絶対的な神の意志と霊の救済の不平等を内容とするもので、直系家族地域に広がった。
民族共同体を理想社会とするイデオロギーからは自民族中心主義(ナチズム)が、労働者階級を社会の主体とするイデオロギーからは社会民主主義が現れる。
経済活動の連続性、テクノロジー、市場の獲得、労働力の養成に関心を寄せるラインラント型資本主義を発展させた。
ドイツ語圏、チェコ、スウェーデンとノルウェーの大部分、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、フランス南部(オック語地方)とイベリア半島北部、日本、朝鮮半島、チベット、ルワンダのツチ人とフツ人、カナダのケベック。

・不完全直系家族
中央ヨーロッパの直系家族と東ヨーロッパの共同体家族の境界地帯に存在する混合型。「新ヨーロッパ大全」で追加された。
ベルギー、ライン川流域、ヴェネト地方(ヴェネチア等)
ハンガリーは、半世紀の間に共産主義革命と反共産主義革命を経験した。

・平等主義核家族
子どもが成人して結婚すると家を出て独立世帯を構える。遺産は子供たちの間で平等・均等に分けられる。
親子関係は自由主義的で、兄弟関係は平等。
ラテン世界に典型的で、ローマ帝国の遺産と考えることができる。
16世紀の宗教改革が起きた際、カトリックはトリエント宗教会議において、救済の平等と人間の自由意思の観念に基づいて再編成された。
フランス革命の主導理念となった。普遍的人間の観念を生み出し、肌の色が異なる人間も受け入れるが、尺度に合わない者を非人間化する面をあわせ持つ。
民族共同体を理想社会とするイデオロギーからは自由軍国主義(ボナパルティスム、ブーランジュ主義、ド・ゴール主義)が、労働者階級を社会の主体とするイデオロギーからは無政府社会主義が現れる。
北フランス、イベリア半島の大部分、イタリア北西部と南部、ポーランド、ルーマニア、ギリシャ、エチオピア、ラテンアメリカ。

・絶対核家族
子どもが成人して結婚すると家を出て独立世帯を構える。遺産相続は遺言によって行われ、平等はあまり顧慮されない。
親子関係は自由主義的で、兄弟関係は不平等。
イングランドでは、古くから子どもを他家に奉公に出す制度があり、現在でも年少の頃からアルバイトをよく行う。子供の早期の独立を促すことが、産業革命が進展した要因と考えられる。
資本や労働力の移動性、個人主義、短期的な利益への執着という特徴を持った、アングロ・サクソン型資本主義を発展させた。
平等にはあまり関心を払わないため、イギリスで普通選挙が実現したのは、フランスより70年、ドイツより47年遅れた。アメリカにおいては人種差別が根強い。
民族共同体を理想社会とするイデオロギーからは自由孤立主義が、労働者階級を社会の主体とするイデオロギーからは労働党社会主義が現れる。
イングランド、オランダ、デンマーク、ノルウェー南部、フランスのブルターニュ、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ。

・アノミー的家族
子どもが結婚しても、次の子供が結婚するまで両親と一時的に同居する。最後に結婚する子どもが両親の扶養責任を負うが、子どもの自律性を重んじ、権威的ではない。外婚制核家族の変種と考えられる。
個人主義と共同体主義の間を揺れ動く。
タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、フィリピン、マレーシア、インドネシア、マダガスカル、アメリカのインディオ。

・外婚制共同体家族
息子は結婚しても親の家に住み続ける。遺産は兄弟間で平等・均等に分けられる。
親子関係は権威主義的で、兄弟関係は平等。
かつての共産圏の地理的分布と一致する。近代化によって家族が解体すると、同じように個人を統合してくれる構築物が求められ、中央集権的な制度である共産主義が引き継いだ。
民族共同体を理想社会とするイデオロギーからはファシズムが、労働者階級を社会の主体とするイデオロギーからは共産主義が現れる。
イタリア中部のトスカーナ地方、フランス中部、フィンランド、ブルガリア、旧ユーゴスラビア、ロシア、中国、ベトナム、北インド。
トスカーナは、イタリア共産党の金城湯池だった。共産圏崩壊後、直系家族のチェコや平等主義核家族のポーランドは、資本主義市場経済への適応が順調に進んでいる。

・内婚制共同体家族
同居する兄弟の子供同士(平行いとこ)が結婚する(25〜50%)。
普遍主義的人間観を産み、多民族を寛大に同化するため大帝国を築き上げる傾向がある。
アラブ・イスラム圏。
イスラムが、イベリア半島北部、アルメニア、エチオピアのキリスト教国を打ち破ることができなかったのは、家族制度の違いにあった。

・非対称共同体家族
異性の兄弟姉妹の子供同士(交叉いとこ)の結婚が優先され、母系的内婚(母の兄弟の娘との結婚)が優先される。
夫と妻の同居はまれで、兄弟と姉妹も必ずしも同居しない。
父系の内婚が禁じられる家族構造が、人間の絶対的な差異の観念を産み、カースト制の支柱になっている(北部ではカースト制に対する執着は少ない)。女性の地位が高く、それに連動して識字率が高い。
インド南部のドラヴィダ系地域。

家族構造の歴史的発展を言語学で用いられる伝播モデルで説明しているが、単純な援用のような印象を持つ。家族は生活(生計)の単位であると考えれば、農業、遊牧、商業といった社会の主産業に適した家族形態に発展したと考える方が無理がないように思う。社会の主たる産業は地域の環境の影響を受けるから、梅棹忠夫の「文明の生態史観」のような環境や産業をベースにしたモデルを用いるとどうなるかは興味がある。

世界像革命 〔家族人類学の挑戦〕世界像革命 〔家族人類学の挑戦〕
エマニュエル・トッド / 藤原書店 (2001-09-30)
タグ:文化人類学
2017年06月25日

『国家はなぜ衰退するのか』ダロン・アセモグル, ジェイムズ・A.ロビンソン

世界に裕福な国と貧しい国が生まれた理由を歴史的に解き明かす。緯度や気候などの地理的条件、宗教や民族ごとの価値観などの文化的側面は、世界的な不平等の説明にはならず、経済と政治の制度が重要であると説く。

ヨーロッパの植民地としての歴史を持つ南北アメリカ大陸に相違が生まれた理由がおもしろい。スペインが支配するアメリカ大陸の植民地では、金銀の略奪段階が過ぎると、労働力としての先住民を分け与える制度であるエンコミエンダなどの制度を導入し、土地を奪い、労働を強制し、低い賃金と重税、高い商品を売りつけた。コンキスタドールとその子孫は大金持ちになり、先住民の生活水準は最低となる不平等な社会となった。スペインは、1808年にナポレオンが率いるフランス軍に侵攻され、王が退位させられると、評議会が結成されてコルテスと呼ばれる議会を組織してカディス憲法を生み出したが、南米のエリートは、労働力としての先住民を分け与える制度であるエンコミエンダ、強制労働、絶対的権力による制度を守り、独立していった。

イングランドはアメリカ大陸の征服に遅れたため、先住民がたくさんいて鉱山のある場所はすでに占領されており、北米しか残っていなかった。入植者たちは先住民を支配することができなかったため、入植の支援をしたヴァージニア会社は人頭権制度を導入して土地と家を与え、1619年には議会が設立されて法と制度の決定権が与えられた。メリーランドでは荘園社会がつくられたが、議会が創設されると荘園領主の特権は剥奪された。1720年までに、アメリカ合衆国となる13の植民地のすべてに知事がいて、選挙に基づく議会があった。

ヨーロッパでは、14世紀のペスト流行による人口減少が、地域ごとに異なる結果を生んだ。イングランドでは労働力不足の結果、農民は強制労働と多くの義務から解放された。しかし、封建君主が組織化されていた東欧では、もともと広かった小作地はさらに拡大され、労働者の自由は奪われた。1500年以降は、西欧が東欧の農産物を輸入し始めたため、地主による労働者の支配は強くなり、無給労働が増えた(再版農奴制)。

政治制度の違いも重要な影響を与えた。16世紀末のイングランド、フランス、スペインは、いずれも絶対君主に支配されていたが、イングランドとスペインの議会は課税権を手に入れていた。スペイン国王はアメリカ大陸からの金銀から膨大な利益を得ていたが、イングランドの女王は税金を上げる見返りに、独占企業を創設する権利が奪われていった。イングランドでは、大西洋貿易と植民地化によって、国王とつながりのない裕福な商人が大勢現れ、政治制度の変化と国王の特権の制限を要求して、名誉革命において決定的な役割を演じた。名誉革命によって、所有権が強化・正当化され、金融市場が改善され、海外貿易における国家承認専売制度が弱められ、産業拡大の障壁が取り除かれた。包括的経済制度の下で、ジェームズ・ワットをはじめとする人々が機会とインセンティブを与えられて、産業革命が始まった。

多数の資源を少数が搾り取る収奪的制度では、所有権が保護されず、経済活動のインセンティブも与えられない。少数は、自らの利益のために収奪的制度を維持し、手に入れた資源を利用して政治権力を強固にする。収奪的制度の下でも、政治的中央集権化化によって、ある程度の成長が可能だが、創造的破壊によるイノベーションが起こらないため、成長には限界がある。また、政治権力をめぐって闘いが発生するため、社会は不安定になる。

包括的政治制度では、政治権力が幅広く配分され、法と秩序、所有権の基盤、包括的市場経済が確立される。有史以来、収奪的制度がごく普通だったが、14世紀のペスト流行、大西洋貿易航路の開通、産業革命といった歴史的な決定的岐路において、既存の制度との相互作用によって包括的制度が生まれた。

今後、収奪的制度下でも政治的中央主権下で成長しそうな国は、アフリカではブルンジ、エチオピア、ルワンダ、タンザニア、ラテンアメリカでは、ブラジル、チリ、メキシコなど。中国は、持続的成長をもたらさないため、いずれ活力を失うと予測する。

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源
ダロン アセモグル, ジェイムズ A ロビンソン / 早川書房 (2013-06-21)


国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源
ダロン アセモグル, ジェイムズ A ロビンソン / 早川書房 (2013-06-24)

タグ:世界史 経済
2017年06月05日

『寄生虫なき病』モイセズ・ベラスケス=マノフ

アレルギーは衛生状態が改善したことによる副作用のようなものと言われているが、寄生虫や細菌の刺激を受けなくなったために免疫系が正常に機能できなくなったものであると説明する。

2000年代の初め、白血球の一種で腸内の共生細菌との平和を維持するレギュラトリーT細胞が存在することが確認された。アレルギーは、免疫反応が誤作動することではなく、免疫を制御する抑制細胞の欠如によって起こる。アレルギーを引き起こすタンパク質は主に寄生虫を構成しているものだが、寄生虫に対しては作動する抑制回路を作動させることができないため、過剰反応が起こる。

抑制細胞は寄生虫や微生物に接触することによって初めて出現する。花粉症や食物アレルギーの症状、ハチに刺された後のアナフィラキシーショックを引き起こしているのは免疫グロブリンE(IgE)抗体で、その濃度は都市ではアレルギーの指標となるが、寄生虫感染が蔓延している地域では数百倍高い。年上の兄弟、保育所、ペットの飼育、糞口感染する病原体にはアレルギー予防効果があり、これらに付随する大量の微生物によるものと考えられる。草食動物の腸内細菌は、肉食動物に比べて多様性が高く、農家の人は家畜と日常的に接触することによって、バランスのとれた腸内細菌叢を獲得することができるのだろう。

フィンランドはアレルギーや喘息に悩まされている割合が高いが、遺伝的に近縁関係にあり、地理的に隣接しているロシア領カレリアでは著しく低い。ロシア側の飲料水には、土壌由来の多様で大量の微生物が含まれていることが、アレルギーリスクを減少させている。

抗生物質は病原菌だけでなく有用微生物も消滅させてしまう。乳幼児に抗生物質を投与した量が多いほど、喘息を発症するリスクが高くなる。人間にとっての病原菌は50〜100種類に過ぎないが、共生する細菌は千種類もある。野外で育てたブタでは腸内細菌の4分の3を乳酸菌が占めるが、屋内で育てると13%に減り、抗生物質を与えながら育てると3.6%になってしまう。

寄生虫を駆除すると心臓疾患が増えることが世界的に明らかになっている。免疫制御能力が弱いと肥満になりやすく、成人病になるリスクが高くなる。感染症にかかりやすいグループの方が、中年以降の平均余命が長い。がんも、環境が清潔であるほど発生率が高くなる。免疫系の監視機能がうまく働かなくなった結果、がん細胞が成長してしまうと考えられる。うつ病の治療として効果のある運動は、セロトニンの分泌を増やすとともに、抗炎症性の免疫反応を引き起こす。

ピーナッツオイルが含まれているベビークリームを使うと、ピーナッツアレルギーのリスクが上昇する。経口摂取する前に皮膚がタンパク質に接すると、免疫系がそれを撃退する反応を起こしてしまうのだろう。

哺乳類の母親は、病原体と戦う力を保ちつつ、胎児は排除しないという微妙なバランスを維持しなければならず、免疫系の強さには上限がある。強い免疫系を持つ個体は、繁殖に成功しにくくなる。一方、テストステロンは免疫系を抑制するため、群れの中で優位なオスは多くの寄生虫に悩まされながらライバルを打ち負かす能力を持っていることを示している。

アレルギーとは、人類が長年にわたって寄生虫や細菌と戦い、共生してきたバランスが崩れてしまった結果であるとすれば、大きな問題であることがわかる。とは言え、衛生状態を改善したことが死亡率を下げ、寿命を伸ばし、憂慮するほどまでに人口を増加させたのも事実。アレルギー予防のために本書が提案している乳幼児の時期に動物と接するというのも、覚悟がいるだろう。アレルギーに苦しむ著者が寄生虫を再導入した体験も衝撃的だ。この本で学んだことを活かすこととしては、植物食を多くとって腸内細菌を増やしたり、自然環境に身を置く機会を増やすことによって、免疫機能を高めるといったところだろうか。

寄生虫なき病寄生虫なき病
モイセズ ベラスケス=マノフ / 文藝春秋 (2014-03-17)
タグ:健康 生物学