2018年03月07日

『AIが人間を殺す日』小林雅一 集英社新書

この著者は視点がいいと思う。技術の発展を手放しで称賛するわけでも、無暗に恐れるわけでもなく、機械と人間の関係や社会への影響について真摯に向き合っている。

テスラ社は、2015年にオートパイロット機能を搭載した半自動運転車モデルSをリリースしたが、2016年に死傷事故を起こした。モデルSには高性能で高価なセンサーのLIDARが搭載されていなかった。グーグルは、2016年に分社化したウェイモに自動運転事業を移管し、人間を制御の環から外した完全自動運転の開発を進めている。各社では、ごくまれに発生する非常事態にも対応できるようにするため、指令センターの人間が制御権を引き継いで遠隔操作する方式も検討されている(Human in the Loop)。

IBMが開発したワトソンは、2011年にテレビのクイズ番組で歴代チャンピョンをを下した後、本格的なビジネス用のコンピューターに改造することを決定し、これまでに25業種で導入されている。中でも、ワトソン事業部の人員の3分の2が医療ビジネスに振り向けられており、新薬の開発やがんの診断支援、ゲノム解析アドバイザーなどに応用しようとしている。東大医科学研究所でも、2015年に導入している。ワトソンは、ルール・ベースの自然言語処理に機械学習やニューラルネットワーク、ビッグデータの探索技術を組み合わせた折衷型。

グーグル傘下のディープマインド社は、2016年にアルファ碁でイ・セドル棋士を負かしたが、ディープラーニングを医療に応用する取り組みを進めている。グーグル翻訳は2016年、対訳文書を比較するディープラーニングに基づいたモデルにリニューアルした。画像・音声認識の分野では、最高水準のディープラーニングのエラー率は3%前後に達しており、5%前後である人間のエラー率を追い越している。

オバマ政権が2012年に策定した国防総省指令では、兵士が標的を定めて攻撃する半自律的兵器と、兵器自体が標的を定めて攻撃する完全な自立兵器を区分し、米軍は前者を保持・使用すると定めている。戦場で戦う兵士や指揮官が欲しがっているロボットは、自ら戦況を判断して見方を助け、敵を攻撃する自律的兵器だが、自律性を高めようとすれば、人間の予想を超える行動に出る危険性も高まる。

従来の自動車や高速鉄道、ジェット機など、これまでの技術でも、私たちが中身の仕組みや技術を理解しないまま機械に命を預けるケースは多いが、これらを開発した科学者や技術者はその原理や仕組みを正確に把握しており、人間の制御下にあった。しかし、人工知能では、当の技術者さえ内部メカニズムや思考回路を把握しきれなくなっており、人間が制御できなくなっている(Human out of the Loop)。ディープラーニングで入出力層の間に追加する隠れ層は急増しており、100層を超えるものも珍しくない。入力するパラメータの数も億単位になっている。ディープラーニングの結論に至った理由を説明できるようにすることが課題になっている。

しかし、ディープラーニングの結論に至る理由を人間が理解できる形で説明することなどできるのだろうか?ディープラーニングの方法と似ている主成分分析でも、第1成分や第2成分といった説明が行われる。第1成分は入力したパラメータのうちのどれとどれが、それぞれどのような割合で構成されているなどと説明される。隠れ層の数が多くなるほど、そのような説明が長々と続くことになるだろうし、層の段階が進むほど人間には理解できなくなるのではないか。

著者は、ディープラーニングの技術が人間社会に受け入れられる過程について、古来の薬草が効くことがわかっていても理由は不明だったことに例えて、高い確度で妥当性が示されれば受け入れざるを得なくなるだろうと予想している。自らの思考や判断よりも人工知能の結論の方が好ましいことを経験的に学べば、人々は人工知能に従うようになっていくだろう。そうして思考力や判断力を養うことを怠れば、ますます人工知能への依存が強くなる恐れも抱く。

本書の最後で著者が書いていることは、私が人工知能に対して抱く懸念と同じだ。

「いつの日か私たちが本来の心を失い、人工知能にすべての判断をゆだねるとき、人は人であることを止め、人の姿をしたロボットになる。人工知能がもたらす真の脅威とは、それが人間を殺すことではなく、人間性を殺すことなのかもしれない。」

AIが人間を殺す日 車、医療、兵器に組み込まれる人工知能AIが人間を殺す日 車、医療、兵器に組み込まれる人工知能
小林 雅一 / 集英社 (2017-07-14)
タグ:人工知能
2018年03月02日

『アルツハイマー病は「脳の糖尿病」』鬼頭昭三, 新郷明子 ブルーバックス

糖尿病とアルツハイマー病は、膵臓や神経の細胞内の状態に共通点があり、どちらもインスリンの作用が低下したことが原因という。したがって、アルツハイマー病の予防と治療は、運動療法と食事療法が有効であるとの驚きの結論になっている。

糖尿病は、インスリンの量が不足したり、作用が低下したインスリン抵抗性になることによって、ブドウ糖の代謝異常を起こして血糖値が上昇することで起こる。インスリンは、膵臓にあるランゲルハンス島の中のβ細胞から出される。過食や運動不足によってブドウ糖の余剰状態が続くと膵臓がインスリンを多く出すが、限界に達すると血糖値とインスリン濃度が高い状態の糖尿病予備軍となり、高インスリン血症の状態になって血糖値がさらに上がると糖尿病になる。加齢とともに膵臓のβ細胞は減少し、糖尿病になりやすくなる。インスリンは、血液中のブドウ糖をエネルギーとして利用したり蓄える働きのほか、細胞増殖因子や記憶物質として働く。高インスリンの状態は細胞増殖を促すため、がんになりやすい。糖尿病はアルツハイマー病の発症リスクを2倍にする。糖尿病の人はあらゆる生活習慣病にかかるリスクが高く、生活習慣病の王様。日本人はβ細胞が少なく、インスリン分泌能が低いため、肥満を伴わない糖尿病になりやすい。

アルツハイマー病は、神経細胞の内部に過剰にリン酸化されたタウタンパクが折り畳み構造をつくって凝集し、神経原線維変化を起こしてアミロイドβタンパクが蓄積した結果、毒性を発揮して細胞から細胞へ伝えられ、神経細胞が死んでいくもの。アミロイドβタンパクの蓄積は、脳内のミクログリア細胞を刺激してサイトカインなどの炎症性物質の分泌を高め、インスリン情報伝達を悪化させる。リン酸化は、細胞で情報を伝える機能を持つ。アミロイドβタンパクは、正常な脳ではインスリン分解酵素によって分解されるが、インスリン濃度が高くなってアミロイドβタンパクの分解ができなくなり、溜まる量が分解される量を上回るとアルツハイマー病になる。アミロイドβタンパクの蓄積は、家族や本人が物忘れが出てきたと思うよりも15〜20年前から始まっている。

インスリン受容体は海馬や視床下部を中心として脳に広く分布しており、脳内でもインスリンが合成され、記憶物質として働いている。脳の海馬でもインスリンが作られており、糖尿病患者の膵臓のランゲルハンス島にはアミロイドβタンパクが溜まっており、海馬と膵臓のβ細胞は似たものどうし。糖尿病とアルツハイマー病は根本的原因が同じで、インスリンがカギを握っている。糖尿病の人は、アルツハイマー病に罹るリスクが2.5〜3倍高い。

インスリンは、ブドウ糖が細胞膜を通過させるためのブドウ糖トランスポーターを助ける機能を持つ。したがって、インスリンが海馬に働くと記憶力を高める。血中のインスリン濃度が異常に高くなり、インスリンが作用しにくい状態であるインスリン抵抗性になると、インスリンは血液脳関門を通過して脳に入り込むことが難しくなる。アルツハイマー病の脳では、細胞表面にあるインスリン受容体基質(IRS)を構成するセリンがリン酸に結合してしまい、インスリンによる脳内の情報伝達が阻害されている。神経伝達物質のアセチルコリンはブドウ糖からつくられるが、脳内のインスリン情報伝達に支障が起こると、糖代謝異常を起こしてアセチルコリンがつくられにくくなる。

両親のどちらかがアルツハイマー病の場合は、発症するリスクが10〜30%高い。その親が早期発症の場合は、さらに高くなる。女性は閉経によってエストロゲンを急激に失うため、男性に比べて発症率が2.5倍高い。大豆に含まれるイソフラボンは、エストロゲン様作用がある。

長期記憶には、他者に伝達可能な陳述的記憶と、体で覚えている手続き的記憶がある。陳述的記憶にはエピソード記憶と意味記憶に分けられる。エピソード記憶は、いつ、どこで、何をしたかの類で、加齢とともに少しずつ低下していく。過去の記憶を呼び起こすことによって、未来の予定を立てることができるため、アルツハイマー病になると予定が立てられなくなる。意味記憶は、知識や学習経験に基づく記憶で、結晶性記憶とも呼ばれる。加齢によっても低下しにくく、上昇することもある。

アルツハイマー病の予防と治療は、糖尿病の予防と治療法と同じと考えてよく、運動療法と食事療法が最も有効。糖尿病の自己管理のための7つ道具をそろえる。
・糖尿病検討手帳
・食品交換表
・歩数計
・体重体組成計(肥満度、基礎代謝、骨格筋率、体脂肪率が測定可能なもの)
・上腕型血圧計
・食品用の秤
・自己血糖測定器

朝食はしっかり食べ、卵、チーズ、魚肉などのタンパク質を摂る。血糖値が上がりにくいGI指標が低めの食物を摂る。食後の血糖値が急激に高くなるグルコース・スパイクは、アルツハイマー病だけでなく、動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞のリスクが高くなる。食後に眠気をもよおすのは、グルコース・スパイクの症候。間食は控え、摂る場合は果実、牛乳、チーズ、ナッツにする。運動は、早歩き、ラジオ体操、サイクリング、ダンス、水中歩行などの有酸素運動がよい。30分から1時間程度の歩行。1週間に最低2時間、4時間程度が効果的。短距離走などの無酸素運動は適当ではない。アルコールは許容範囲でも毎日飲めば、アルツハイマー病に罹るリスクが4倍になる。インプットするだけの脳トレでは脳は活性化しない。書く、話すなどのアウトプットが必要。

アルツハイマー病は「脳の糖尿病」 2つの「国民病」を結ぶ驚きのメカニズムアルツハイマー病は「脳の糖尿病」 2つの「国民病」を結ぶ驚きのメカニズム
鬼頭 昭三, 新郷 明子 / 講談社 (2017-07-19)
タグ:健康
2018年02月10日

『日本会議 戦前回帰への情念』山崎雅弘 集英社新書

政治的思想や価値観を根本的に考え直させられる団体も、その歴史を学べば目的が理解できる。

日本会議は、日本を守る会と日本を守る国民会議が統合する形で1997年に誕生した。最も重点を置く運動目標は憲法改正。

敗戦後、国家神道を日本の民主化の障害と考えたGHQは、神道指令を日本政府に送り、神道系施設や団体への資金的・人材的サポートを停止することを命じた。神社を統括していた神祇院が廃止されると、神祇院から国費補助を受けていた法人など三団体が合同して神社本庁を設立した。神道指令の内容は、信教の自由、集会・結社・言論・出版の自由、国民主権、基本的人権の尊重といった形で間接的に日本国憲法に盛り込まれて恒久化された。神社本庁は、占領軍によって一方的に押しつけられたと理解する日本国憲法の破棄と、国家神道的価値観への回帰を盛り込んだ自主憲法の制定を重視した運動を展開した。

1930年に創設された生長の家は、天皇中心の世界観と宇宙や霊魂についての独自の考えを融合した思想を流布した。戦後のサンフランシスコ講和条約が調印されると、日本国憲法の破棄と明治憲法への回帰を主張し、政治団体を設立した。生長の家の教えに心酔した椛島有三らは、大学で左派学生と戦う学生運動を進めた後、その運動を一般社会人に広げて、1970年に日本青年協議会を設立した。日本青年協議会は、1979年に法案が成立した元号法制化運動で存在感を示し、この過程で結成された元号法制化実現国民会議は1981年に日本を守る国民会議に発展し、日本青年協議会は事務局を取り仕切ることになった。

東西冷戦期の日本でも、あらゆる宗教の価値を否定し、国ごとの固有文化を尊重する考えのない共産主義に共鳴する市民が少なからず存在していた。共産主義が広がることを懸念した宗教家や保守的な政治運動家は、1974年に日本を守る会を創設した。

私は、歴史に学ぼうとしない態度は、人間としての誠実さや責任感に欠けると思う。そもそも、歴史に学んで少しずつ修正することが本来の「保守」のはず。宗教も神道も否定する気持ちは全くないが、全体主義を生んだ国家神道はまっぴら御免だ。

日本会議 戦前回帰への情念日本会議 戦前回帰への情念
山崎 雅弘 / 集英社 (2016-07-15)
タグ:政治