2017年06月05日

『寄生虫なき病』モイセズ・ベラスケス=マノフ

アレルギーは衛生状態が改善したことによる副作用のようなものと言われているが、寄生虫や細菌の刺激を受けなくなったために免疫系が正常に機能できなくなったものであると説明する。

2000年代の初め、白血球の一種で腸内の共生細菌との平和を維持するレギュラトリーT細胞が存在することが確認された。アレルギーは、免疫反応が誤作動することではなく、免疫を制御する抑制細胞の欠如によって起こる。アレルギーを引き起こすタンパク質は主に寄生虫を構成しているものだが、寄生虫に対しては作動する抑制回路を作動させることができないため、過剰反応が起こる。

抑制細胞は寄生虫や微生物に接触することによって初めて出現する。花粉症や食物アレルギーの症状、ハチに刺された後のアナフィラキシーショックを引き起こしているのは免疫グロブリンE(IgE)抗体で、その濃度は都市ではアレルギーの指標となるが、寄生虫感染が蔓延している地域では数百倍高い。年上の兄弟、保育所、ペットの飼育、糞口感染する病原体にはアレルギー予防効果があり、これらに付随する大量の微生物によるものと考えられる。草食動物の腸内細菌は、肉食動物に比べて多様性が高く、農家の人は家畜と日常的に接触することによって、バランスのとれた腸内細菌叢を獲得することができるのだろう。

フィンランドはアレルギーや喘息に悩まされている割合が高いが、遺伝的に近縁関係にあり、地理的に隣接しているロシア領カレリアでは著しく低い。ロシア側の飲料水には、土壌由来の多様で大量の微生物が含まれていることが、アレルギーリスクを減少させている。

抗生物質は病原菌だけでなく有用微生物も消滅させてしまう。乳幼児に抗生物質を投与した量が多いほど、喘息を発症するリスクが高くなる。人間にとっての病原菌は50〜100種類に過ぎないが、共生する細菌は千種類もある。野外で育てたブタでは腸内細菌の4分の3を乳酸菌が占めるが、屋内で育てると13%に減り、抗生物質を与えながら育てると3.6%になってしまう。

寄生虫を駆除すると心臓疾患が増えることが世界的に明らかになっている。免疫制御能力が弱いと肥満になりやすく、成人病になるリスクが高くなる。感染症にかかりやすいグループの方が、中年以降の平均余命が長い。がんも、環境が清潔であるほど発生率が高くなる。免疫系の監視機能がうまく働かなくなった結果、がん細胞が成長してしまうと考えられる。うつ病の治療として効果のある運動は、セロトニンの分泌を増やすとともに、抗炎症性の免疫反応を引き起こす。

ピーナッツオイルが含まれているベビークリームを使うと、ピーナッツアレルギーのリスクが上昇する。経口摂取する前に皮膚がタンパク質に接すると、免疫系がそれを撃退する反応を起こしてしまうのだろう。

哺乳類の母親は、病原体と戦う力を保ちつつ、胎児は排除しないという微妙なバランスを維持しなければならず、免疫系の強さには上限がある。強い免疫系を持つ個体は、繁殖に成功しにくくなる。一方、テストステロンは免疫系を抑制するため、群れの中で優位なオスは多くの寄生虫に悩まされながらライバルを打ち負かす能力を持っていることを示している。

アレルギーとは、人類が長年にわたって寄生虫や細菌と戦い、共生してきたバランスが崩れてしまった結果であるとすれば、大きな問題であることがわかる。とは言え、衛生状態を改善したことが死亡率を下げ、寿命を伸ばし、憂慮するほどまでに人口を増加させたのも事実。アレルギー予防のために本書が提案している乳幼児の時期に動物と接するというのも、覚悟がいるだろう。アレルギーに苦しむ著者が寄生虫を再導入した体験も衝撃的だ。この本で学んだことを活かすこととしては、植物食を多くとって腸内細菌を増やしたり、自然環境に身を置く機会を増やすことによって、免疫機能を高めるといったところだろうか。

寄生虫なき病寄生虫なき病
モイセズ ベラスケス=マノフ / 文藝春秋 (2014-03-17)
タグ:健康 生物学
2017年02月12日

『あざむかれる知性』村上宣寛 ちくま新書

複数の論文を統合するメタ分析の手法を用いた研究を紹介している。諸説が入り乱れる食事や健康の分野についても、結論が出ているものが多いようだ。

scienceの語源は、ラテン語のscientia(知識)、その起源はギリシャ語のskhizein(分割する)。現象を分割すると数量化が可能になり、伝達が可能になる。すなわち、科学の特徴は、検証可能性と言える。

アーチポルド・コクランは、1972年に根拠に基づく医療(EBM)を提案し、1993年には、ひとつのテーマに関する広範な文献を重みづけを用いた統計的手続き(メタ分析)で要約して全体的結論(システマティック・レビュー)を出すコクラン共同計画を開始した。

日本人の食事摂取基準のエネルギー比は、タンパク質が9〜20%、脂質が20〜25%、炭水化物が50〜70%で、スポーツ選手でも、国によっても大きく違わない。炭水化物制限ダイエットや高タンパク質ダイエットは、総摂取カロリーを統制した通常のバランスダイエットと効果に違いはない。炭水化物制限ダイエットの死亡率は1.3倍になっている(ただし、後ろ向き追跡の調査で、優位水準にも達していない)。食品別では、野菜や果実、乳製品で減量の効果が認められ、精製した小麦粉、砂糖、ジャガイモ、加工肉と赤身の肉で体重が増えている(ただし、総摂取カロリーは統制されていない)。

死亡率が最も低いBMIは、高年齢になるほど高くなる。アメリカ人では25〜26、日本人では23前後が最も低い。ランニング程度の運動を行うと、死亡率が3割ほど減少する。肉の摂取量については、4つの研究で摂取量が少ないほど寿命が長くなったが、2つの研究では差がなかった。コーヒーを飲む量が1日8杯までの人は死亡率が低い(ただし、因果関係は証明されていない)。アルコール量は、1日30g(ビール中ビン1本、酒やワインで1合)までは寿命延長効果がある。睡眠は7時間が死亡リスクが最も低い。性格では、良識性が高いと死亡率が低いが、他の性格では差がない。

幸福感は、健康状態、婚姻状態、就業状態との関係が大きいことを示す研究が多いようだ。自然との関わりも効果が大きい。

メタ分析は結果のみを統合するものであり、論文の取捨選択という恣意的な余地もあるが、個人の医師などが書いた本よりは信頼性は高いだろう。特に、健康に関する研究については、死亡率といった客観的な数字で分析できるので説得力はある。

あざむかれる知性: 本や論文はどこまで正しいかあざむかれる知性: 本や論文はどこまで正しいか
村上 宣寛 / 筑摩書房 (2015-12-07)
2015年06月02日

「炭水化物が人類を滅ぼす」夏井 睦 光文社新書

体型に問題意識はないのだが、後半の生物学的、人類史的な視点がおもしろそうだったので読んでみた。

国が発表している食事バランスガイドは、日本人の平均的な食事を基にして作られたもので、栄養学的な根拠はない。食品のカロリーは、食べ物とそれを食べて出た排泄物をそれぞれ燃やして発生した熱量の差を基に、人間の消化吸収率や腸内の分解効率を掛けて計算したもの。

筋肉は安静時や軽度の運動時には脂肪酸を使っている。脂肪酸からはブドウ糖に比べて1分子あたり4倍のATPが作られるため、効率が高い。激しい運動のときには、肝臓や筋肉に蓄えられたグリコーゲンを分解してブドウ糖を作る。脳・網膜・赤血球は、水溶性のブドウ糖とケトン体をエネルギーとする。脂溶性で細胞膜を通過でき、情報伝達の邪魔になる脂肪酸は血液脳関門(BBB)で排除している。

人間の血液には1リットル当たり1グラム(100mg/dl)のブドウ糖が含まれている。血糖値が低下すると、脂肪酸から作られたエネルギーを用いて、備蓄されているタンパク質を分解してブドウ糖を作る(糖新生)。糖質食を摂取して血糖値が上がると、インシュリンを分泌して余分なブドウ糖を中性脂肪に変えて脂肪細胞に蓄える。

本書の主題である糖質制限の根拠はこれだけ。甘みの魔力によって摂り過ぎた糖分は脂肪として蓄えられるのはわかるが、糖質を摂り過ぎると太るのは常識のレベル。糖質の代わりに増やすタンパク質や脂質(肉や脂)は摂り過ぎることはないのかという疑問を抱くが、この点はよくわからなかった。著者は穀物生産の問題を多々指摘しているが、一般的には畜産の飼料に大量の穀物が消費されていることを問題視する視点の方が多い。豆腐などの豆類は栄養面でもいいので、居眠りをしなくなるのが本当なら、糖質の割合を少し減らしてみようとは思う。

以下の食事にまつわる生物学的な考察はおもしろかった。

地球上の生命のエネルギー獲得方法の歴史は、硫化水素還元→ブドウ糖代謝(嫌気→好気)→脂肪酸代謝と移り、それに伴って神経系や筋肉を発達させてきた。多細胞生物に進化する際、植物はブドウ糖を難溶性多糖類を、動物は中性脂肪をエネルギーの体内貯蔵方式として採用した。神経系の進化について著者は、多細胞生物が無胚葉→二胚葉→三胚葉と進化する過程で、体表面の外胚葉が外部情報センサー→分散神経系→中枢神経に進化したという仮説を提示している。

ウシの胃の中では、牧草はセルロース分解微生物によってブドウ糖になり、共生微生物がブドウ糖を嫌気発酵によって各種脂肪酸やアミノ酸を生成する。第4の胃で胃酸が分泌されて共生微生物が分解され、脂肪酸やアミノ酸とともに吸収される。複数の胃をもつ動物は発酵のための大きな胃袋と体が必要なため、ヤギより小さな動物はいない。

ウマには共生細菌を持つ巨大な結腸があり、胃で消化吸収した残りを分解して低級脂肪酸を吸収している。ウシのように菌体を分解してタンパク質を吸収することができないため、ウマは穀物やイモ類、豆類を食べる必要がある。ウサギは、共生細菌を持つ盲腸が発達しており、共生細菌を含む糞を食べることで草だけで生きていける。

人間の汗腺はエクリン腺がメインで、アポクリン腺はわきの下や外陰部などに限られているが、エクリン腺をもつ動物は霊長類やカモノハシなどのみで、アポクリン腺が一般的。アポクリン腺は皮膚と毛を守るために発達した器官で、獣弓類は持っていたと考えられている。成分は新生児に必要な栄養素とほぼ一致し、乳腺はアポクリン腺から進化した。一方、爬虫類の祖先である竜弓類は皮膚腺をほとんど持たず、厚い角質層で作られた鱗によって乾燥を防いだ。

炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学
夏井 睦 / 光文社 (2013-10-17)
タグ:食事 生物学