2017年02月21日

『政府はもう嘘をつけない』堤未果 角川新書

1%の超富裕層と利益をむさぼる企業が政治を牛耳り、結果として国民から主権を奪っているディストピア世界のような現状が描かれている。特に、ISDS裁判やTPPなどの国際協定を説明する第3章、IMFの緊縮財政案を拒否して経済を回復させたアイスランドの事例を紹介した第4章は読みごたえがあった。

クリントン政権が締結したNAFTAは、アメリカで年間20万人の雇用を生み出すと宣伝されたが、実際には100万件の雇用を失った。メキシコではアメリカのアグリビジネスによる安いトウモロコシによって価格が低下したため、300万人の中小農家が破産し、彼らがアメリカに入国して雇用を奪う悪循環が起きた。アメリカの労働者の実質賃金は、最大17%も減少した。オバマ政権が締結した米韓FTAでは、7万人の雇用を生むと言われたが、実際は締結後数年間で7万人の雇用が失われた。

アメリカの全国民に民間医療保険加入を義務付けたオバマケアは、巨大医療保険会社の幹部が法案の骨子を書いた。少数の巨大医療保険企業と製薬業界が大いに儲け、納税者の税金が医産複合体に流れる仕組みになっている。法案成立前には、広告費やコンサルタント料をもらった御用学者やマスコミが、この法律のメリットを大々的に宣伝していた。

2014年に日本で改正された公務員法によって、約600人の省庁幹部人事を一元管理する内閣人事局が発足し、官僚幹部の人事は首相官邸の意向が反映される仕組みになった。これによって、官僚たちは官邸の方針に従うようになった。

日本の国会議員は一人あたり3人の秘書しか持たないが、アメリカの下院では平均22人、上院では44人の秘書を持つ。さらに、党が公認権を持つ小選挙区制度によって、国会議員は所属政党との間の歪んだ力関係に縛られている。

ノーム・チョムスキーは、労働者が権利を獲得し、政府が民衆を制御できなくなった時に広告業界が誕生したという。その役割はプロパガンダと呼ばれたが、今はマーケティングと名前を変えた。小泉政権が成功させた郵政民営化選挙は、アメリカの広告代理店がPRを請け負った。

投資先の国内ルールによって損害を受けた場合に国家を訴えるISDS裁判は、国際弁護士団が営業をかけるという。福島第一原発事故後に脱原発に転向したドイツは、スウェーデンの原発メーカーであるバッテンフォール社から賠償を求めるISDS裁判を起こされており、負ける可能性が濃厚な状態にある。日本も脱原発政策に転向すれば、アメリカの原発メーカーから訴えられる可能性がある。ISDS裁判は、訴えた投資家側の1人、訴えられた国の政府から1人と、世銀総裁(アメリカ人)が任命する1人の合計3人によって判決が下されるため、アメリカ政府は1度も負けたことがない。

TPPはウォール街の投資家が「1%の夢」と表現するもののひとつで、アメリカ・EU間のTTIP、公共サービスを民営化するTISAの3つでセットになっている。TPPとTTIPが発効すれば、ワシントンは世界貿易の7割以上をコントロールすることができるようになる。TISAによって作られる超国家組織は、医療や教育、公共事業、金融・保険分野のルールを決め、政府は企業の責任を追及したり、法律で規制する権利を持つことができなくなる。2014年にウィキリークスが暴露した時には、日本を含む50か国が交渉に参加していた。

90年代からさまざまな分野を民営化し、金融の自由化を進めて、不動産バブルの崩壊によって国家が破たんしたアイスランドでは、国民の運動によって政府を動かし、IMFの緊縮財政案を拒否させた。IMFの要求に従ったギリシャが借金地獄と国民生活の崩壊に苦しんだ一方で、国内産業や医療・教育などの社会的共通資本に予算を投じたアイスランドは、順調に経済を回復させ、借金も返済した。しかし、この事実は欧米メディアでも徹底的に無視されたという。

堤未果の本を読んだのは3冊目だが、驚くような内容がいくつも書かれていた。投資はリスクを負うものと思うが、主権を持つ国家を訴える道が開かていることには強い疑問を持つ。マスコミはTPPでは関税のことばかりを伝えていたし、いかに本当の事実を伝えていないかがわかる。この本でもマスコミが特権を与えられ、利益を得るための組織であることを指摘している。著者は、知る権利を守るためにできることとして、テレビや新聞、ネットニュースを絶ち、本を読んだり、生身の人間と話したり、自ら深く考えてみることを提案している。堤未果が日本にいて本当によかったと毎回思う。

政府はもう嘘をつけない政府はもう嘘をつけない
堤 未果 / KADOKAWA/角川書店 (2016-07-10)
タグ:世界情勢
2016年09月09日

『多数決を疑う』坂井豊貴 岩波新書

これはおもしろかった。選挙などの社会や組織の意思をどのように決定するかがテーマ。少数意見が反映されない問題を論じているものかと予想していたが、ペア敗者・ペア勝者、二項独立性などといった様々な観点があるという奥の深い内容だった。

他のすべての候補に対して優る「ペア勝者」を選択できる方法がベストのように思うが、それを満たすのは数理統計学を用いる方法しかないらしい。著者も指摘している通り、多くの人にとって理解しにくい方法は民主主義にはふさわしくないだろう。また、アメリカ大統領選挙のような有力2候補の対決に、第3の候補が影響を及ぼさない方法はないというのも残念だ。結論として、著者は等差のスコアリングであるボルダルールを勧めているが、実際にはほとんどの国の選挙では多数決が用いられていることを踏まえ、投票用紙の設計や開票・集計方法、経済性などの具体的な手続きを考慮した実現性まで踏み込んでもらえると、より面白かったと思う。

多数決:他のすべての候補に対して負けるペア敗者が選ばれることがある。
ボルダルール:等差のスコアリングの場合は、ペア敗者が選ばれることはない。ペア勝者が最下位になることもない。スロヴェニアの少数民族代表選挙、キリバス大統領候補の選出で用いられている。ナウルの国会議員選挙のスコアリングは等差ではない(ダウダールルール)。
コンドルセ・ヤング法:最尤法によってペア勝者を選ぶ。
決選投票付き多数決:ペア敗者が選ばれることはない。
繰り返し最下位消去法:ペア敗者が選ばれることはない。オリンピック開催地の選定で用いられている。
チャレンジ型多数決:ペア勝者を選ぶが、多数決の順番があるので中立ではない。

オストロゴルスキーのパラドックス:政策ごとの民意と支持政党の民意は正反対の結果を生み出すことがある。
アローの不可能性定理:2つの候補の結果に、他のいかなる候補が影響を与えない(二項独立性)ことを求めるのは不可能。
64%多数決ルール:単峰制の候補を選択する場合、63.2%以上の賛成を得れば他の候補とのサイクルは発生しない。日本国憲法の改正ルールについては、国会議員の構成が民意を反映していないため、3分の2ルールは十分ではない。

多数決を疑う――社会的選択理論とは何か多数決を疑う――社会的選択理論とは何か
坂井 豊貴 / 岩波書店 (2015-04-22)
2016年08月17日

『(日本人)』橘玲

前半は日本人論。武士道や和の精神は日本人に特有なものではなく、日本は最も世俗的な社会であるとの分析には目から鱗が落ちる。後半は民主制などの社会制度やグローバリゼーションがテーマ。

世界価値観調査の中で、日本人が他の国々と大きく異なっている項目は、「進んで国のために戦う」(15%、先進国で最低)、「自分の国の国民であることに誇りを持つ」(57%、香港に次いで2番目に低い)、「権威や権力は尊重されるべき」(3%、最低)の3つ。

私たちの周りには、家族や友人などの政治空間と、他人の貨幣空間があるが、それぞれにはジェイン・ジェイコブズが統治の倫理と市場の倫理と名付けた別の論理が働いている。武士道は統治の倫理の一典型であり、日本の特殊な価値観ではない。市場の倫理は遺伝子にプログラムされたものではなく、都市文明が興って交易が始まってから5000年くらいの歴史しかない。武士道が持ち出されるのは、貨幣空間の拡大に対して、政治空間の論理で対抗しようとする現象。

農耕社会は土地に縛られ、隣人関係も変わらないことから、妥協による全員一致によってものごとを決める。和を尊ぶのは日本人に限らず、農耕社会に共通する。各自の社会的役割を固定するのが合理的なため身分制が成立し、それを維持するための掟やタブーを持っている。一方、遊牧社会では、家族を連れて出ていくことができる。

ニスベットは、西洋人は世界を名詞の集合と考え、東洋人は動詞で把握するという仮説を提示している。西洋人は分類学的規則を、東洋人は家族的類似性を見つける傾向がある。

イングルハートは、世界各地で大規模なアンケート調査を行い、文化的な価値観は社会的・経済的な要因に規定され、伝統的対世俗・合理的軸と、生存価値(産業社会)対自己表現価値(ポスト産業社会)軸によって、世界の国々をそれぞれの文化圏(地域、宗教、言語)で分けることができることを示した。日本社会は最も世俗的・合理的となっている。山本七平は、日本社会が空気(世間)と水(世俗)でできていると論じた(「空気」の研究)。日本人は地縁や血縁が薄く、たまたま出会った場所で共同体をつくる(学校、会社、ママ友)。

古代ギリシアはグローバルな交易社会で、去る自由が保障されていたため、多数決による政治が成り立った。古代社会では、民族ごとに固有の神と神話を持っていた。大国の神に対抗するために少数民族のユダヤ人が考えたのが、すべてのローカルな神を超越する絶対神で、キリスト教は神の権威にあわせて教義を書き換えた。仏教は法治によって、儒教は人治によって身分や民族の壁を乗り越えようとしたが、ローカルな神と一体化して各地で宗教化するにとどまった。大航海時代のグローバル化によって力を蓄えた貴族や商工業者が国王と対立するようになり、啓蒙思想を人間社会にも適用して導かれたものが、ルソーの平等とジョン・ロックの私的所有権(自由)だった。貴族やブルジョワは古代ギリシアからデモクラシーを持ち出して立憲君主制に移行し、フランス革命で誕生した国民国家は数十年でヨーロッパに広がった。商業的な自由を求めるブルジョワの価値観がリベラルで、経済的な平等を要求する民衆の主張がデモクラットだった。

日本では、内閣法制局の審査を通った法案しか国会に提出できないため、官僚が事実上の立法権を有している。官僚は法令のデータベースを独占しているため、法令の解釈、事実上の司法権を有している。予算は各省庁の要望を財務省主計局が総合調整するから、予算の編成権も持っている。さらに、法によらない通達によって規制の網をかけ、許認可で規制に穴を開けることによって業界に影響力を及ぼしている。アメリカやイギリスでは、後法は前法を破る、特別法は一般法に優先するという概念の下に、法令間の矛盾を気にせず法律をつくり、最終的には裁判の判例の蓄積で矛盾を解決している。小沢は、内閣法制局を廃止し、官僚の恣意的な法令解釈を排除し、予算の総合調整を国家戦略局か内閣予算局に移行することを目指したが、実現することができなかった。

戦後日本の高度成長は、岸信介などの「改革官僚」によって実行された1940年体制の下、生産を優先して競争を否定する奇妙な資本主義の下で達成された。1980年代に注目された韓国、台湾、シンガポールは、権威的な政治体制の下で、日本によく似た統制経済が行われていた。マハティールはルックイーストを唱え、?小平は日本の経済成長を徹底的に研究した。一方、自由主義的な経済政策の成功例はチリくらいしかないが、失業率の増大や経済格差の拡大を招いた。アルゼンチンは財政破たんした。新興国のキャッチアップ期には、統制経済の方が有効であることが否定できなくなっているが、日本はその後の長い停滞を招いている。日本はオイルショックの後、賃金の上昇によって国際競争力を失った産業に価格カルテルを結ばせて国内価格を吊り上げ、輸入を制限して、輸出には補助金をつける保護政策を行った。しかし、企業に既得権を与えて競争力を弱め、割高な原材料費では国際的な競争ができない製造業が海外に移転する結果を招いた。消費者に価格を転嫁する政策は物価の内外価格差を招き、その後の長期のデフレはこれが解消される過程でもあった。1940年体制が残っているのは、経営(投資、経営者)と労働(年功序列、終身雇用)で、解雇が容易な非正規雇用の拡大という問題も招いている。

ロバート・ノージックは、国家は共同体としては大きすぎるという。多様な価値観を持つ国民を収めようとするのは無理で、抵抗する人たちが排除される。国家は単なるフレームワークであるべきで、基本的人権や私的所有権の保護などの基本ルール(憲法)と、外交や治安維持のような最低限の安全保障でつくられ、この枠組みの中で人々は共同体を自由に作ることができる(「アナーキー・国家・ユートピア」)。

(日本人)(日本人)
橘 玲 / 幻冬舎 (2012-05-11)
タグ:政治 社会