2016年07月28日

『ニッポン沈没』斎藤美奈子

「ちくま」誌に連載された「世の中ラボ」の2010年8月号から2015年6月号までをまとめたもの。当時旬の社会問題について、斎藤が選んだ3冊程度の本をベースに論じている。いくつか読みごたえのある記事もあった。

「『大きな政府』で何が悪い」では、自民も民主も新自由主義経済の推進者、小さな政府論者が主流であることを嘆く。榊原英資「フレンチ・パラドックス」や、神野直彦『「分かち合い」の経済』は、日本がすでに小さな国であること、大きな政府のフランスが小さな政府の国より経済成長率が高く、リーマン・ショック後の不況からの立ち直りも早かったと説いている。日本より早くグローバリゼーションの波をかぶったEU諸国では、強固な所得再配分制度と厚い社会保障制度によって格差の広がりを抑えてきた。小さな政府の最先進国であるアメリカは、先進国の中で最も貧困層が多く、最も所得格差が大きい。そんな国を手本にする必要がどこにあるのだろうと、斎藤は疑問を投げかける。

「あの日の官邸は『無能』じゃなかった」では、福島第一原発の事故に関して官邸内部から書かれた本を取り上げる。斎藤は、当時の菅首相と官邸に報道されたイメージとは異なるものを読み、「官邸の過剰介入がなければ、日本は崩壊していたかもしれない」と引用している。タテ割り行政の弊害、官僚の無能さ、専門領域に閉じこもる科学者の無能ぶりは想像以上であり、人的要因こそが人災の元凶と論じており、「こんな危なっかしい国は、原発なんか持っちゃダメなのだ」と結論づけている。

「デモ(だけ)で社会は変わるのか」では、「トップを変えても容易に社会は変わらないことを民主党政権の3年半で学んだ」として、日本の民主主義がどこに向かうのかを論じた本を取り上げ、「必要なのは政策を実現させる小さな知恵の積み重ね、一人の強いリーダーではなく無数のコーディネーター、多様な政治へのアプローチなのだろう」とまとめている。しかし、維新の会を立ち上げた橋下徹や選挙に勝った安倍自民党を目の当たりにした斎藤は、「議会制民主主義に限界があっても、人々の声を政策に反映させるには、議会の構成員を変えることが必要」であり、「重要なのは、デモを議会に結びつける第二歩目」と主張している。

「スポーツ界の暴力容認構造に喝!」では、体罰肯定論者にはこれといった論理がなく、体験的な裏付けで論ずるが、それは「指導する側の論理に過ぎない」と一蹴する。桑田真澄と平田竹男の対談「新・野球を学問する」では、戦時中に浸透した軍隊のようなタテの規律が今も生き続けていることが問題であると指摘する。「近代スポーツのミッションは終わったか」では、秩序や締め付けが必要だとの論理の下で行われるのは「いじめ」だと主張し、強くなっているクラブは古い体質からとっくに脱出しているし、旧体制の体質のままのところで暴力の問題が発生しているという。スポーツの組織論は、社会の組織論そのものであると改めて思う。

「日本の対米追従はいつまで続く」では、日米関係論の本を取り上げる。前泊博盛の『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』は、愛国心や国益を発言する保守系の政治家ほど対米従属的で矛盾しており、官僚は国内法よりもアメリカの意向にコントロールされていると説く。チャルマーズ・ジョンソンの「帝国解体」は、世界の130か国以上に737の米軍基地があるが、アメリカの財政は破綻しつつあり、世界的な反米意識が高まっていることから、帝国主義的な支配は終焉に向かっていると分析している。

齋藤の連載を読むだけでも各テーマの論点を整理できるし、学べることは多い。関心を持った本を読むことができるのも、ありがたい。

ニッポン沈没ニッポン沈没
斎藤 美奈子 / 筑摩書房 (2015-10-13)
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