2010年11月16日

立花隆の「青春漂流」を読み返してみた

立花隆の「ぼくの血となり肉となった五〇〇冊 そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊」のはしがきに、前半部分の「メイキング・オブ立花隆」は立花氏の「謎の空白時代」について述べたものであると書かかれている。その中で、「人は誰でも世に知られるようになる前に、その間どのような人生を送っていたか人に知られない謎の空白時代があるものだ」と書いた、同氏の「青春漂流」が引用されていた。

印象に残る記述だったので、20年前に読んだこの本をひっぱり出して読み返してみたが、これまた印象深い記述があった。

<エピローグより>
自分の人生を自分以外の何者かに賭けてしまう人がどれほど多いことか。他者の側に自分の人生を賭ける人が世の大半である。
自分の人生を自分に賭けられるようになるまでは、それに相応しい自分を作るために、自分を鍛えぬくプロセスが必要なのだ。それは必ずしも将来の船出を前提としての意識的行為ではない。自分が求めるものをどこまでも求めようとする強い意志が存在すれば、自然に自分で自分を鍛えていくものなのだ。そしてまた、その求めんとする意志が十分に強ければ、やがて船出を決意する日がやってくる。その時、その船出を無謀な冒険とするか、それとも果敢な冒険とするかは、謎の空白時代の蓄積が決めることなのだ。

短い文章にもかかわらず、何度も繰り返し読んでしまった。

この本では、平凡な職業を選ばず、自分の選択で手に特別な技術を身につけた人たちが紹介されている。紹介されている人たちに共通する点は、発想が非凡で、それを開花させるべく突き進んでいる点である。その道を極めようと思ったら、その道の最も優れた人や土地を訪ねている。その過程には、経済的なハングリー精神が見られる。

青春漂流 (講談社文庫)青春漂流 (講談社文庫)
作者: 立花 隆
出版社/メーカー: 講談社
発売日: 1988/06/07
メディア: 文庫

タグ:人物
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