2019年08月12日

『日本型組織の病を考える』村木厚子 角川新書

検察側の証拠改ざんまで行われた冤罪事件の経緯については生々しくまとめられている。後半は、著者の生い立ちや事件後の活動など。

著者は、逮捕されてから半年近く拘束されて自由を奪われ、管理される生活を送った。拘置所内での取り調べの恐ろしい実態が描かれている。
「私の仕事は、あなたの供述を変えさせることです」
調書は、被疑者が話したことを文章にするのではない。検察が描いたストーリーに当てはまる内容を聞き出すばかりで、自分たちに都合の悪い話は一文字も書こうとしない。しかも、著者の取り調べでは、取り調べメモがすべて廃棄されていたことが裁判の過程で明らかになった。最高裁は、取り調べの経過を記録した文書は開示対象となるとの判断を示している。

証拠についても、家宅捜査をして押収できるのは警察と検察だけで、検察のストーリーに合わない消極証拠は法廷に出てこない。

検察の主張を否認し続けると保釈が認められない状態は「人質司法」と呼ばれており、日本の司法制度の大きな問題点だという。

証拠とされたフロッピーディスクの改ざんが明らかになり、最高検察庁は事件の検証を行った結果、主任検事が、上司から「最低限でも村木を挙げよ」という強いプレッシャーをかけられていたことが明らかになった。しかし、著者がどんな取り調べが行われたか聞かれることもなかった。

著者は、真相を究明し、同じ過ちを繰り返さないために国家賠償請求訴訟を起こしたが、国は認諾して請求を認めたため、捜査の指揮をした当事者たちから直接話を聞くことはできなかった。

検察は軌道修正できない組織で、勝つことが至上命題となり、真相解明という本来の使命が置き去りにされていると、著者は痛感したという。法務省が設置した「検察の在り方検討会議」で著者は、録音・録画による取り調べの可視化が必要だと訴えた。取り調べの録音・録画については、裁判員制度対象事件と検察の独自捜査事件が対象となったが、全事件が対象とはならなかった。

Wikipediaには、裁判で冤罪であることが確定した事件として、四大死刑冤罪事件、足利事件(菅家さん)、東電OL殺人事件(マイナリさん)、袴田事件、布川事件など、124件掲載されている。

冤罪事件の実態が明らかになる度に、検察は狙った被疑者を犯人に仕立てるための悪魔の組織としか思えなくなってくる。「疑わしきは罰せず」の理念など欠片もない。取り調べや調書の作成方法、否認し続けると保釈が認められない制度、消極証拠の開示、何よりも被疑者を犯人に仕立てようとする検察の態度を変えない限り、今後も冤罪は起き続けるのだろう。罪を着せられて人生を奪われることほど恐ろしいことが他にあるだろうか?

タイトルに惹かれて読んだが、日本型組織を一般論として論じている部分はわずかだった。郵便不正事件については、村木厚子「私は負けない 「郵便不正事件」はこうして作られた」や魚住昭「冤罪法廷 特捜検察の落日」もある。

日本型組織の病を考える (角川新書)
日本型組織の病を考える (角川新書)
タグ:冤罪
2019年07月23日

『ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい』クリスティン・バーネット

タイトルの通り、宇宙論の本だと思っていたのでノーマークだったが、自閉症の子供を持った母親が、子どもの才能を潰すことなく、それを活かすことによって自閉症から回復させるために奮闘した物語だった。

我が子の気分がいい時と悪い時の状況を見分けて、自らの考えを信じ、プロの特別支援クラスをやめさせて自ら家で学習させたり、小学生の子どもを大学の授業に出席させるといった常識的ではない行動にすら出ていく様は見事。さらに、他の自閉症児のための夜間クラスまで開いているから、そのエネルギーには圧倒される。

「なぜみんな、この子たちができないことばかり焦点を当てるのだろう?なぜできることにもっと注目しないのだろう?」
「彼ができないこと、したくないことばかりやらせようとするのではなく、好きなことにもたっぷり時間を使えるよう気を配りました。」

しかし、自閉症であるかどうかは関係ないように思う。著者も、息子のストーリーはすべての子どもに当てはまる話だと書いている。自分の能力を発揮することが社会に認められることは、だれにとっても嬉しいことだから、それを見つけることが学校で学ぶことなどよりも重要だとも言える。むしろ、障害があった方が、生きる能力を身につけるために、本人の能力を見出す様々な努力がなされるのであれば、その方が幸せなのではないかとさえ思えてくる。教育とは何か、生きることは何かといったことを考えさせられる本だった。

なお、円周率の小数点39桁まで用いれば、観測可能な星の外周を水素原子レベルまで推定できるらしい。あっぱれ。

ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい
ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい
2019年07月01日

『知性は死なない 平成の鬱をこえて』與那覇潤

うつ病を発症して大学を退職したことを契機に、反知性主義が力を増した時代を重ねて論評する。

反知性主義の起源をたどると宗教改革に至る。司祭が典礼を執行し、信徒の身体に働きかけるカトリックに対して、プロテスタントは自ら聖書を読んで理解する言語能力が求められる。

「プロレタリア革命によって建国された」というロシア革命の神話は嘘で、当時労働者はほとんどいなかった。プラハの春を弾圧するために軍事介入した際にソ連が表明したブレジネフ・ドクトリンは、社会主義の実現という正義は国際法に優先するというエゴイズムだった。9.11を受けてアメリカが表明したブッシュ・ドクトリンも、自由世界を脅かすテロの脅威を取り除くためなら一方的な先制攻撃が容認されるというものだった。ソ連はアフガン侵攻の戦費に堪えられずに崩壊し、アメリカは自国第一主義を唱えるトランプが当選した。帝国の維持や拡張に向けられていたエゴイスティックな信仰は、人々の身体的な自己像を超えると帝国は崩壊する。

漢民族と呼ばれているのは、官僚の選抜試験にエントリーするために、儒教的な思考法や風習を身につけた人々というのが実態で、中国は歴史が長いため、帝国にほぼ等しい民族の身体を作り出した(内藤湖南)。

集団的自衛権とは同盟締結権と同じ。集団的自衛権なしの日米同盟が生まれたのは、それが朝鮮戦争のさなかで緊急に生まれたため。後に、重光葵や岸信介が安保条約の対等同盟化を求め、岸政権の下で新安全保障条約が締結された。

ムハンマド誕生時のメッカは、ビザンツ帝国とササン朝ペルシアの対立によって、地中海とアジアをつなぐ交易ルートが一時的に南に移った時期に栄えた。莫大な富を手にした人々が出現したことによって、その公正な分配を求めて力を得たのがイスラームだった。コーランは、公正な取引のルールを示して、部族や民族の違いを超えてフェアの交易を広めた。ウラマーはコーランを解釈する法学者であり、モスクは礼拝所で、聖職者はいない。10世紀頃にコーランの新たな解釈が禁じられたため、独自の礼拝や衣食住の習慣を持つ身体的な側面が強くなった。

君主を一人に決めて、その人に英才教育をほどこす啓蒙専制は、教育コストの観点では効率的であり、ポピュリズムの防止になる。エリートを絞り込んでいく点では、旧ソ連や中国の党を経由して幹部候補だけに知識を与えるのも、難関大学でふるいにかける方法も大差ない。

日本の天皇制は、民族的な意味での共同体という観念を具象性のあるひとつの身体として与える意義がある。政治的な実権と離れたところに民族の身体を持っているのは、トランプやプーチンのような独善的政治家が民族の身体を簒奪するポピュリズムには陥らないで済んでいる側面がある。

能力には格差があるが、社会に与えることによって認められるものである。著者は、財産のコミュニズムではなく、能力のコミュニズムとして共存主義に読みかえる可能性があるのではないかという。

後半はがぜん読みごたえがあり、天皇制を言葉と身体の関係において説明するくだりは見事だった。能力のコミュニズムの考え方も興味深いが、その具体的な実現方法については読者に委ねられている。

知性は死なない 平成の鬱をこえて
知性は死なない 平成の鬱をこえて
タグ:世界史 社会