2019年06月01日

『世界は美しくて不思議に満ちている』長谷川眞理子

さまざまな記事をまとめたものだが、結構読み応えあった。特に、子育てと子どもの虐待を論じた部分は、考えさせられる。

人類は200万年前頃からサバンナに進出し、高度な食料獲得技術を用い、捕食者から身を守るために、大きな集団を形成し、互いに協力して心を共有する進化をとげていったと考えられる。

霊長類各種の脳の新皮質の容量は、物理的な環境への対応、採食の困難さなどの指標とは相関がなく、集団サイズとの間には明確な相関がみられる。新皮質の相対的な大きさと、他個体をだましたり、出し抜いたりする頻度との間にも相関がみられる。霊長類の脳を大きくさせた進化的原動力は、複雑な社会関係の操作にあったと結論されている(社会脳仮説)。

脳が大きくなると、脳の大きな子どもを育てるために大きな労力が必要となり、子育てにも共同作業が必須となった。脳の大きさと協力関係は、互いにフィードバックしながら進化していったと考えられる。

不倫などの正当でない配偶関係に対して社会が強い拒否感情を示すのは、そこから生まれた子どもに対する共同養育の負担を負いたくないという感情が基になっていると思われる。

閉経後の女性が長生きなのは、包括適応度の効果の説のほかに、繁殖をめぐる女性どうしの競争が要因であるとの説がある(マイケル・カント、ルーファス・ジョンストン)。嫁の子どもは義母と血縁関係があるが、義母の子どもは嫁との血縁関係がない。ヒトでは、類人猿と比べて世代間の繁殖期間の重なりがかなり短い。

幼児は自己中心的な事象の理解にとどまっているが、2〜4歳頃に他者の視点を取得し、自己と他者の心の違いを理解していく。他者の状態を理解し、その感情状態に共鳴する認知的共感は、ヒトに固有のもの。

1970年代から、行動生態学で血縁淘汰や互恵的利他行動の進化が論じられたことにより、1980年代からは、ゲーム理論を用いた研究がさかんに行われるようになった。その結果、人間は必ずしも自己利益の最大化を追求しておらず、公正感が非常に重要な動因となっていることが明らかになった。

自意識と因果推論能力、因果推論による説明を快と感じる情動、共感感情が備わると、創発的に宗教的概念を生み出すと考えられる。

世界の狩猟採集民の人口密度は0.5人/km2で、自然界で予測される同じ大きさの雑食動物の生息密度1.5人/km2より小さい。

前頭前野のメタ認知の働きによって、異なる立場の人々の心を想像したり、自分を含めた全体の状況を把握することができる。理性の言葉は、読書や議論などによる深い思考の訓練によってしか涵養されない。かつて言論とは、そのような訓練を受けた前頭前野のチェックを経たものしか発表されないものだったが、SNSで発せられる言葉のほとんどは、前頭前野で吟味されることなく発信されている。

世界は美しくて不思議に満ちている ―「共感」から考えるヒトの進化―
世界は美しくて不思議に満ちている ―「共感」から考えるヒトの進化―
2019年05月09日

『森と山と川でたどるドイツ史』池上俊一 岩波ジュニア新書

戦争や統治者の名前といった表面的なものではなく、生活の基底としている自然を通して歴史を説明している視点がいい。

ゲルマン人は、自然崇拝の多神教を奉じ、神々はヴァルハラという天国にいるとし、聖なる森を礼拝して、神秘的な空間とみなしていた。

ローマ帝国が滅亡すると、海を航海する商人は減り、内陸の大河を移動して交易する商人が増えた結果、川沿いには次々に都市が成立して発展した。ドイツの都市は、10〜11世紀に商人が定住してでき始め、商人法を基にして都市法がつくられ、独自の地位を持つようになった。

ドイツ人は、10世紀からエルベ川の東方に進出し始め、12世紀には本格的な植民を始めた。

農民を支配する領主としての貴族は、11世紀半ばから13世紀にかけて、川沿いの小高い丘に城を建てて拠点とした。

北の海沿いにできた都市は、商業上の特権確保を目的としたハンザ同盟を結成し、政治的にも大きな力を持った。14〜15世紀の最盛期の後、オランダがバルト海に進出して低迷した。

16〜17世紀に集中した魔女狩りは、4分の3がドイツを中心とする神聖ローマ帝国内で行われた。魔女狩りの対象とされた女性は、薬草の知識を持ち、産婆を務め、占いをして村人を助ける尊敬の対象だった。プロテスタントとカトリックの宗教対立によって世界の秩序に不安や疑念が起きたこと、女性の神秘性に男性が畏怖や嫌悪を感じたこと、公的な権力による規律化が強まり、正しい秩序を樹立するための統制活動「ポリツァイ」の対象とされたことが理由として考えられる。

近世から近代にかけて発展した銀山、鉄山、炭鉱、岩塩鉱は、燃料を提供した森、精錬のための大量の水を提供した川によって支えられた。

ジャガイモは、17世紀までは観賞用やブタの餌扱いだったが、30年戦争やその後の飢饉によって、食料として栽培されるようになった。

大地や自然から生まれた伝統の習俗や、「信仰のみによって人は救われる」と説いたルター主義が受容されたドイツでは、啓蒙主義は受け入れられなかった。近代になっても、古典的教養は国家のテクノクラートのためのもので、市民社会形成の推進力にはならなかった。19世紀に急激な工業化が進み、賃金労働者の増加、単調な作業の拡大といった労働環境の変化が起きると、人と人のつながりの新たな組織として、協会、組合、連盟、同好会が次々につくられていった。

ルネサンスの合理主義や近代の啓蒙主義の影響が小さかったドイツでは、自然との深いかかわり方を追求したロマン主義が花開いた。これは、自然を重んじ、人間の情熱などをたたえるゲーテやワーグナーなどを引き継ぐもの。古代から近代にいたるまでの民話を集大成したグリム兄弟も活躍した。18〜19世紀のドイツの文学者、画家、哲学者には、共通したドイツ的な自然観がみられる。

ドイツ人は、生活の基盤としての自然と向き合い、自然と一体化することによって、人間の存在や文化の理想像を作り上げようとしてきた。そのため、文明よりも文化を重んじ、啓蒙主義は根付かず、ロマン主義が受け入れられた。

自然との関わりが強いこと、民族の一体感が強いこと、組織への指向性が強く、軍国主義の歴史を歩んだことなど、日本との類似性を改めて考え直させられる。グリム童話は日本でも親しまれているし、民話を集大成したグリム兄弟は柳田国男を彷彿させる。自然や地形がこれほどまでに人間の信仰や思想に影響を与えるものかと驚かされる。

森と山と川でたどるドイツ史 (岩波ジュニア新書)
森と山と川でたどるドイツ史 (岩波ジュニア新書)
タグ:世界史
2019年02月16日

『日本の未来を考えよう』出口治明

日本の現状を統計で客観的に俯瞰するもの。発行から3年余り経過しているが、十分に参考になる。著者は、70か国以上、1200以上の都市を訪れたというから、さすがに世界的視野を持っていると感じる。特に気になったのは、以下の項目。

インターネットで使用されている言語は、英語27%、中国語24%、スペイン語8%、日本語5%(Internet World Stats)。

日本の国会議員の年収は、アメリカの2倍、イギリスの4倍で、地方議員の報酬も世界で最も高い。日本では衆議院議員の3分の1が世襲議員で、アメリカ連邦議会の5%と比べて極端に高い。イギリスの上院は、1999年に世襲貴族の議員を750人から92人に削減した。

日本の自殺率は、人口10万人あたり21人で、OECD加盟国の中で4番目に高い(2014年)。1998年に25人に増加した後、毎年20人以上が続いている。特に、15〜34歳の青年の死因では1位で、20%を占めている(2009年)。

Top 100 NGOs (The Global Journal)
http://theglobaljournal.net/top100ngos/
https://drive.media/posts/6084

日本の起業活動者の割合は3.7%で、調査対象67か国中ワースト2位(Global Entrepreneurship Monitor)。

日本への外国人観光客数は、2013年に1000万人を突破した(2018年には3000万人を超えて、世界11位になりそう)。

農業保護政策のための高関税は、市民1人あたり月2003円の負担で、消費税率では3.4%に相当する(日本経済研究センター、2013年)。

日本のジェンダーギャップ指数は0.65で、世界142か国中104位(2014年)。男女間の賃金格差は70.9(欧米は80以上)、勤続年数格差は67.4(欧米は90以上)。日本では女性の就業率は、30代前後に一度下がり、40代後半に上昇するM字カーブを描くが、欧米ではそのような下落はない。女性の労働力率と出生率の関係は、2000年には正の相関を示すようになっている。

<考察>
世襲議員が多いのは国民の代表として相応しくないし、民主主義の障害でもある。選挙資金がかかること、地域の代表を選ぶプロセスができていないことなどが理由だろうか。
自殺率が高いのは、著者も指摘している通り、閉塞感や再チャレンジの難しさを反映しているのだろう。能力よりも人間関係(組織に対する忠誠心)を重視していることが、閉鎖的な社会を生む原因となっているのだと思う。起業活動者の割合が低いのも、新たな参入者を阻んだり、信頼関係を築くことが難しいことなど、社会が硬直化していることの表れではないだろうか。
未だにジェンダーギャップが大きいことは、女性の活躍を阻んでおり、社会の損失でもある。出生率を向上させることとあわせて、日本の最大の課題と言えるだろう。

日本の未来を考えよう
日本の未来を考えよう
タグ:日本